電子書籍「マヌエル・ノリエガと池田大作のコロンビア産コカイン密輸ビジネス一元化」の表紙

マヌエル・ノリエガと池田大作の
コロンビア産コカイン密輸
ビジネス一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦1,974年3月18日〜1,988年3月
ページ数
9ページ
最新更新日
西暦2,026年7月23日

パナマ市の空港から、富士宮の庭園まで──
池田大作とマヌエル・ノリエガを結んだコカイン密輸ビジネスの十四年を一元化。

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皇室献上品 高級トイレットペーパー
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本書について

西暦1,974年3月18日、一機の旅客機がトクメン国際空港(パナマのパナマ市)に降り立った。サンフランシスコやニューオーリンズ等でNSA(アメリカ日蓮正宗・創価学会)メンバーへの指導を終え、帰路の途上に立ち寄った池田大作である。パナマ政府が手配した高級車に乗り込むと、前後左右を9台の護衛車が固めた。翌19日、池田はパナマ大学(パナマのパナマ市)を表敬訪問して英文蔵書3,000冊を寄贈し、同日16時から、後にパナマの実権を握る事となるマヌエル・ノリエガと会談する。議題は平和外交論であり、同じ日にパナマ初の創価学会本部が設立された。更に20日には、第27代パナマ大統領デメトリオ・バシリオ・ラカス、パナマ国家衛兵司令官オマール・トリホスとも会談している——本書は、此の3日間を起点として、池田大作とノリエガを結んだコロンビア産コカイン密輸ビジネスの十四年を、年月日単位で一元化した記録である。

交流は直ぐに折り返された。同年10月28日の20時過ぎ、今度はノリエガが、NSAパナマ本部長ヒロコ・デ・チューと同本部顧問アウレリオ・チュー・ジを伴って聖教新聞社(東京都新宿区信濃町)を訪れ、池田と会談する。2日後の30日には、同じ2名の案内で日蓮正宗総本山の大石寺(静岡県富士宮市上条)に足を運んだ。パナマ市での初対面から半年余りで、両者の関係は東京と富士宮にまで伸びていた。

西暦1,976年1月30日、ジョージ・H・W・ブッシュが第11代CIA長官に就任する。ノリエガはブッシュの代理人として、フィデル・カストロやニカラグア等、中米の反政府勢力を撹乱する作戦に関与した。そして其の見返りとして、コロンビア産コカインのアメリカへの密輸を、CIAの航空機を使って行う犯罪行為を認められる。西暦1,979年、ノリエガはコロンビアの麻薬組織メデジン・カルテルと取引を始めた。産地と中継地と輸送手段が、此処で一本に繋がった事になる。

西暦1,981年2月、パナマで再びノリエガと池田大作が会談する。本書が記録する所では、此の頃から池田は「広宣流布はお金が掛かる」と言って創価学会信者を騙して集めた資金を、コロンビア産コカインの密輸ビジネスに投資し始めた。其の利益の一部は、自民党幹部の金丸信・小沢一郎にも渡っていたという。そして、自民党がコカインマネーを受け取っていた事実はCIAとジョージ・H・W・ブッシュ、マイケル・アマコストに把握され、日本は弱みを握られて、アメリカとの外交で不利な状況に立たされた。同じ月、池田はパナマ大学から「パナマ大学最高賓客」の肩書きを贈られている。

西暦1,984年、密輸を巡る力学が一挙に動き出す。2月、パナマ国防軍がコロンビアへ運ぶエーテル143.1kLを押収し、3月10日にはDEA(アメリカ麻薬取締局)がコロンビア当局と共同で、コロンビア最大のコカイン加工施設トランキランディアを解体した。4月30日、アメリカへの犯罪人引渡し条約を厳格に進めようとしたコロンビア法務大臣ロドリゴ・ララが、パブロ・エスコバルの命を受けたメデジン・カルテルのメンバーに暗殺される。5月5日にはエスコバルとホルヘ・オチョアがパナマへ逃亡し、ノリエガは警護料として5,000,000ドルを、更に追加で1,000,000ドルを要求した。エスコバル達は此れを拒み、3週間程の滞在の間に、選挙の監視の為パナマに来ていたアルフォンソ・ロペス・ミケルセン、カルロス・ヒメネス・ゴメスとも会談している。

5月22日、ノリエガはダリエン(コロンビア)に在るコカインの研究所の破壊を命じる。但し、機械や生産設備は保護した。そして翌月に入ると直ぐにDEAとの秘密協定の交渉を開始し、メデジン・カルテルの動きを封じる事を約束する。此の一連の行動により、カルテルはノリエガの裏切りを確信し、其の殺害を企てた。6月、ノリエガはマイク・ハラリの計らいでモサドの護衛を受けながらヨーロッパへの視察旅行に出るが、カルテルは悪名高い国際テロリストのカルロス・ラミレスを雇い、ヨーロッパで其の後を追わせている。同月24日にはDEAとCIAの共同作戦が始まり、元CIA契約職員バリー・シールの操縦する飛行機に仕掛けられた隠しカメラが、ニカラグアの秘密飛行場でコカインを積み込むパブロ・エスコバルの姿を捉えた。マイアミではインエア・パナマ機のクーラーボックスからコカイン1tが、ヒューストンではパナマ船籍の貨物船から110kgが押収されている。

西暦1,986年4月8日、NSC(アメリカ国家安全保障会議)の討議資料が作成される。主題はパナマ運河であった。西暦2,000年以降も運河をアメリカの支配下に置くには何をすべきか——資料が示した答えは、パナマ国防軍上層部の腐敗を有効に利用してパナマを不安定化させ、トリホス・カーター条約を合法的に無効にしていく事であった。其の材料として名指しされたのが、取り分けマヌエル・ノリエガの麻薬取引、ラテンアメリカのテロリストへの協力、パナマ大統領選での不正である。資料は併せて、新パナマ運河の調査委員会を日本に独占させない事、ソ連がニカラグアに両洋運河を建設すると思わせる心理作戦を展開する事も説いていた。ノリエガの犯罪は、此の時点で「使える材料」に変わっていたのである。

西暦1,987年2月、パナマ大学から池田大作に「最学教育功労大賞」と「平和行動栄誉賞」が贈られ、同月、パナマ政府最高位のバスコ・ヌニエス・デ・バルボア勲章も授けられる。4月、ノリエガはパナマ国内で一番の景勝地に「ミラドールイケダ(池田展望台)」を建設し、8月、池田は其の返礼として創価学会白糸会館(静岡県富士宮市原)内に「ノリエガ庭園」を設置した。だが同年6月8日、パナマ国防軍の内紛から辞任に追い込まれた参謀長ディアス・エレラが、メディアを通じてノリエガの所業を暴露する。オマル・トリホスの飛行機事故による死亡、厚生次官エスパダフォラの殺害、パナマ大統領への辞任圧力——10月、アメリカ上院外交委員会はパナマに対する経済・軍事援助の停止を承認した。

そして西暦1,988年2月5日、マイアミ及びタンパの大陪審が、マイアミ連邦裁判所にマヌエル・ノリエガを麻薬取引と武器取引関与で告発する。ノリエガを含む16名が起訴され、12の罪状から成る起訴状には、パブロ・エスコバルがパナマをアメリカへのコロンビア産コカイン密輸の中継地とする事を許可し、ノリエガが西暦1,981年から1,986年に掛けてメデジン・カルテルから4,600,000ドル/月の賄賂を受け取っていた旨が記されていた。全ての罪状を合わせれば145年の刑期に相当する。同時に、ノリエガがCIAと200,000ドル/年で契約を結び、給与台帳に名を連ねていた事も明るみに出た。2月25日、パナマ大統領代理エリック・アルトゥーロ・デルヴァジェがノリエガを最高司令官職から解任するも、翌26日、ノリエガ一派の国会議長が臨時国会を召集してデルヴァジェを罷免する。3月、池田大作は前月の起訴を受けて、ノリエガ庭園に設置された由来の碑を木箱で覆い、周囲の失笑を買った。しかし半年後、熱りが冷めたと判断すると、木箱を外している。パナマ市の空港から富士宮の庭園まで、十四年に及んだ其の全過程を、本書は一冊に束ねている。


登場人物

  • 池田大作 本書の中心人物。創価学会の指導者。西暦1,974年3月にパナマを初訪問してマヌエル・ノリエガと会談し、パナマ初の創価学会本部を設立した。本書が記録する所では、西暦1,981年2月の再会談の頃から「広宣流布はお金が掛かる」と言って信者から集めた資金をコロンビア産コカインの密輸ビジネスに投資し始め、其の利益の一部は自民党幹部にも渡っていたという。
  • マヌエル・ノリエガ 本書のもう一方の中心人物。パナマの実権を握った軍人。CIA長官ジョージ・H・W・ブッシュの代理人として中米の反政府勢力の撹乱に関与し、其の見返りにCIAの航空機を使ったコロンビア産コカインの密輸を認められた。西暦1,979年にメデジン・カルテルとの取引を開始し、西暦1,988年2月にマイアミ及びタンパの大陪審から麻薬取引と武器取引関与で告発された。
  • ジョージ・H・W・ブッシュ 第11代CIA長官。西暦1,976年1月30日に就任し、マヌエル・ノリエガを代理人としてフィデル・カストロやニカラグア等、中米の反政府勢力を撹乱する作戦に用いた。自民党がコカインマネーを受け取っていた事実を把握した人物の1人でもある。
  • オマール・トリホス パナマ国家衛兵司令官。西暦1,974年3月20日、パナマを訪れた池田大作と会談した。西暦1,981年7月31日の飛行機事故による死亡は、後に参謀長ディアス・エレラがマヌエル・ノリエガの所業として暴露する事となる。
  • デメトリオ・バシリオ・ラカス 第27代パナマ大統領。西暦1,974年3月20日、オマール・トリホスと共に池田大作と会談した。
  • ヒロコ・デ・チュー NSA(アメリカ日蓮正宗・創価学会)パナマ本部長。西暦1,974年10月28日、マヌエル・ノリエガと共に聖教新聞社を訪れて池田大作との会談に同席し、30日には大石寺へノリエガを案内した。
  • アウレリオ・チュー・ジ NSAパナマ本部顧問。ヒロコ・デ・チューと共に、西暦1,974年10月のマヌエル・ノリエガの訪日に同行し、聖教新聞社と大石寺を案内した。
  • 金丸信 自民党幹部。本書が記録する所では、コロンビア産コカインの密輸ビジネスの利益の一部が、小沢一郎と共に渡っていたとされる。
  • 小沢一郎 自民党幹部。本書が記録する所では、金丸信と共に、コカイン密輸ビジネスの利益の一部を受け取っていたとされる。此の事実はCIA側に把握され、日本は外交上の弱みを握られた。
  • マイケル・アマコスト 自民党がコカインマネーを受け取っていた事実を、CIA・ジョージ・H・W・ブッシュと共に把握していたとされる人物。
  • パブロ・エスコバル コロンビアの麻薬王。メデジン・カルテルを率い、西暦1,984年4月30日にはコロンビア法務大臣ロドリゴ・ララの暗殺を命じた。同年5月5日にパナマへ逃亡し、6月24日にはニカラグアの秘密飛行場でコカインを積み込む姿を隠しカメラに撮影されている。
  • ホルヘ・オチョア メデジン・カルテルの一員。西暦1,984年5月5日、パブロ・エスコバルと共にパナマへ逃亡し、マヌエル・ノリエガから警護料5,000,000ドルを要求された。
  • ロドリゴ・ララ コロンビア法務大臣。アメリカへの犯罪人引渡し条約を厳格に進めようとした為、西暦1,984年4月30日、パブロ・エスコバルの命を受けたメデジン・カルテルのメンバー2名に暗殺された。
  • アルフォンソ・ロペス・ミケルセン 第24代コロンビア大統領を務めた人物。西暦1,984年5月、パナマの選挙の監視の為に滞在中、逃亡してきたパブロ・エスコバル達と会談した。同年6月には、ノリエガの代理人ホセ・イサベル・ブランドンを介した仲介の相手ともなっている。
  • ホセ・イサベル・ブランドン マヌエル・ノリエガの側近。西暦1,984年6月21日、ノリエガの代理人としてキューバに到着し、アルフォンソ・ロペス・ミケルセンが代表を務めるカルテルとの仲介を行った。
  • マイク・ハラリ 西暦1,984年6月、メデジン・カルテルに命を狙われたマヌエル・ノリエガの為に計らい、モサドの護衛を付けてヨーロッパへの視察旅行を実現させた人物。
  • カルロス・ラミレス 悪名高い国際テロリスト。西暦1,984年6月、メデジン・カルテルに雇われ、ヨーロッパを視察中のマヌエル・ノリエガを追跡し、殺害しようとした。
  • バリー・シール 元CIA契約職員。西暦1,984年6月24日に始まったDEAとCIAの共同作戦で、隠しカメラを設置された飛行機を操縦し、ニカラグアの秘密飛行場でコカインを積み込むパブロ・エスコバル達の撮影を可能にした。
  • フリアン・メロ・ボルブア コロンビアの参謀本部書記で中佐。西暦1,984年7月1日に拘束され、パナマに帰国したマヌエル・ノリエガから、自身を権力の座から排除する陰謀を企てた人物として記者会見で公然と非難された。
  • ディアス・エレラ オマル・トリホスの甥にあたるパナマ国防軍参謀長。西暦1,987年6月8日、国防軍の内紛から辞任に追い込まれ、メディアを通じてトリホスの飛行機事故死、厚生次官エスパダフォラの殺害、パナマ大統領への辞任圧力等、マヌエル・ノリエガの所業を暴露した。
  • エリック・アルトゥーロ・デルヴァジェ パナマ大統領代理。西暦1,988年2月25日にマヌエル・ノリエガを最高司令官職から解任したが、翌26日、ノリエガ一派の国会議長が召集した臨時国会で自らが罷免され、後任にマヌエル・ソリス・パルマが任命された。
  • オリバー・ノース アメリカ海兵隊中佐。イラン・コントラ事件に於いて、マヌエル・ノリエガにパナマでのコントラ兵士訓練の許可と、資金提供の為のダミー会社3社の設立を要請したと、西暦1,988年2月の起訴に際して報じられた。

コカイン密輸ビジネスの系譜

  • 池田大作のパナマ初訪問 西暦1,974年3月、本書が記録する十四年の起点。トクメン国際空港に降り立った池田大作は、9台の護衛車に伴走されてパナマ市に入り、パナマ大学へ英文蔵書3,000冊を寄贈し、マヌエル・ノリエガ、第27代パナマ大統領デメトリオ・バシリオ・ラカス、国家衛兵司令官オマール・トリホスと相次いで会談した。
  • パナマ初の創価学会本部設立 西暦1,974年3月19日、池田大作とマヌエル・ノリエガが平和外交論を巡って会談した同じ日に設立された。パナマにおける組織の足場が、此処で置かれた事になる。
  • ノリエガの訪日と大石寺参詣 西暦1,974年10月、マヌエル・ノリエガがNSAパナマ本部長ヒロコ・デ・チュー、同顧問アウレリオ・チュー・ジと共に聖教新聞社(東京都新宿区信濃町)を訪れて池田大作と会談し、2日後には日蓮正宗総本山の大石寺(静岡県富士宮市上条)に足を運んだ。
  • CIA長官ブッシュの代理人化 西暦1,976年1月30日にジョージ・H・W・ブッシュが第11代CIA長官へ就任した後、マヌエル・ノリエガは其の代理人として中米の反政府勢力の撹乱作戦に関与し、見返りとしてCIAの航空機を使ったコロンビア産コカインのアメリカへの密輸を認められた。
  • メデジン・カルテルとの取引開始 西暦1,979年、マヌエル・ノリエガがコロンビアの麻薬組織メデジン・カルテルと取引を始める。産地・中継地・輸送手段が一本の線で結ばれた。
  • パナマ会談と創価学会資金の投資 西暦1,981年2月、パナマでマヌエル・ノリエガと池田大作が会談。本書が記録する所では、此の頃から信者から集めた資金がコロンビア産コカインの密輸ビジネスへ投じられ、利益の一部が自民党幹部の金丸信・小沢一郎にも渡り、日本はCIA側に外交上の弱みを握られる事となった。
  • パナマ大学最高賓客の称号 西暦1,981年2月、池田大作がパナマ大学から贈られた肩書き。西暦1,987年2月の「最学教育功労大賞」「平和行動栄誉賞」、バスコ・ヌニエス・デ・バルボア勲章へと続く顕彰の始まりであった。
  • トランキランディアの解体 西暦1,984年3月10日、DEA(アメリカ麻薬取締局)がコロンビア当局と共同で、コロンビア最大のコカイン加工施設を解体した。同年2月にはパナマ国防軍がコカイン製造用のエーテル143.1kLを押収しており、取締りが一気に強まっていた。
  • ロドリゴ・ララの暗殺 西暦1,984年4月30日、アメリカへの犯罪人引渡し条約を厳格に進めようとしたコロンビア法務大臣が、パブロ・エスコバルの命を受けたメデジン・カルテルのメンバー2名に暗殺された事件。
  • エスコバル達のパナマ逃亡と警護料 西暦1,984年5月5日、パブロ・エスコバルとホルヘ・オチョアがパナマへ逃亡。マヌエル・ノリエガは警護料5,000,000ドルを、更に追加で1,000,000ドルを要求したが拒まれた。3週間程の滞在中、彼等は選挙監視の為に滞在していたアルフォンソ・ロペス・ミケルセン達とも会談している。
  • ダリエンの研究所破壊とDEAとの秘密協定 西暦1,984年5月22日、マヌエル・ノリエガがコロンビアのダリエンに在るコカイン研究所の破壊を命じる。機械や生産設備は保護しつつ、翌月にはDEAとの秘密協定の交渉を開始してカルテル封じ込めを約束した。メデジン・カルテルはノリエガの裏切りを確信し、其の殺害を企てる。
  • モサドの護衛によるヨーロッパ視察 西暦1,984年6月、マイク・ハラリの計らいでモサドの護衛を受けたマヌエル・ノリエガがヨーロッパへの視察旅行を開始する。メデジン・カルテルは国際テロリストのカルロス・ラミレスを雇い、其の後を追わせた。
  • バリー・シールの隠しカメラ作戦 西暦1,984年6月24日に始まったDEAとCIAの共同作戦。元CIA契約職員バリー・シールの操縦する飛行機に設置された隠しカメラが、ニカラグアの秘密飛行場でコカインを積み込むパブロ・エスコバルとサンディニスタ民族解放戦線の高官達を捉えた。
  • NSC討議資料とパナマ不安定化方針 西暦1,986年4月8日に作成された、アメリカ国家安全保障会議の資料。西暦2,000年以降もパナマ運河の支配権を確保する為、パナマ国防軍上層部の腐敗を利用してパナマを不安定化させ、トリホス・カーター条約を合法的に無効化する方針が示された。ノリエガの麻薬取引は、此処で秘密活動の材料に位置付けられている。
  • ミラドールイケダとノリエガ庭園 西暦1,987年4月、マヌエル・ノリエガがパナマ国内で一番の景勝地に「ミラドールイケダ(池田展望台)」を建設。同年8月、池田大作は返礼として創価学会白糸会館(静岡県富士宮市原)内に「ノリエガ庭園」を設置した。
  • ディアス・エレラの暴露 西暦1,987年6月8日、辞任に追い込まれたパナマ国防軍参謀長が、オマル・トリホスの飛行機事故死、厚生次官エスパダフォラの殺害、パナマ大統領への辞任圧力等、マヌエル・ノリエガの所業をメディアに暴露した。同年10月、アメリカ上院外交委員会はパナマへの経済・軍事援助の停止を承認する。
  • マイアミ及びタンパ大陪審による起訴 西暦1,988年2月5日、マヌエル・ノリエガを含む16名が麻薬取引と武器取引関与で起訴される。12の罪状は合わせて145年の刑期に相当し、メデジン・カルテルからの4,600,000ドル/月の賄賂、CIAとの200,000ドル/年の契約、イラン・コントラ事件への関与までが明るみに出た。
  • 木箱で覆われた碑 西暦1,988年3月、本書が記録する最後の場面。池田大作は前月のマヌエル・ノリエガの起訴を受け、ノリエガ庭園に設置された由来の碑を木箱で覆って周囲の失笑を買った。しかし半年後、熱りが冷めたと判断して木箱を外している。

CIAの航空機、メデジン・カルテル、そして創価学会の資金──
コロンビア産コカイン密輸ビジネスの全過程を一元化。

JPY 200(税込)

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AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「トキジク」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
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