ロックフェラー財団とノーマン・ボーローグが開発した品種改悪小麦一元化
マヌエル・アビラ・カマチョの第45代メキシコ大統領就任と国家工業化経済成長農業目標掲揚、西暦1,940年9月4日迄第11代農務長官ヘンリー・A・ウォレスのロックフェラー財団説得及びアメリカ経済軍事有益判断とロックフェラー財団主導ミネソタ大学植物病理学助教授エルビン・スタックマン含む3名農学者連絡・土壌開発トウモロコシ小麦生産植物病理学重点特別研究局設置アメリカメキシコ科学者配置提案、真珠湾攻撃太平洋戦争開戦と農学者ノーマン・ボーローグ軍入隊試行戦時労働規制拒否、ボーローグのデュポン・ド・ヌムール財団研究所(アメリカデラウェア州ウィルミントン)微生物学者雇用と殺菌剤防カビ剤防腐剤工業農業研究主導予定及び所属研究室アメリカ軍研究転用・日本海軍ガダルカナル島征圧空海哨戒下アメリカ軍夜間スピードボート波投箱海岸打揚物資輸送容器接着剤塩水分解問題・腐食強接着剤数週間開発成功並びに迷彩服水筒消毒剤マラリア予防DDT小型電子機器断熱材研究従事、エルビン・スタックマン選定プロジェクトリーダー博士ジェイコブ・ジョージ・ダッチ・ハラーのメキシコ小麦共同研究生産プログラム責任者ボーローグ招聘とデュポン給料2倍引止拒否単身メキシコシティ行・ロックフェラー財団メキシコ農業協力計画研究員就任及び日本在来農林10号メキシコ在来春小麦交配草丈90〜120cm半矮性肥料反応小麦高収量品種開発・メキシコ小麦需要半分輸入依存、メキシコ小麦収量西暦1,946年比500%増と小麦輸入国輸出国転換、ノーマン・ボーローグのアメリカ大陸食糧生産計画理事就任・西暦1,963年迄、ボーローグ率研究グループのCIMMYT(国際トウモロコシ・コムギ改良センター)再編成とメキシコ政府ロックフェラー財団傘下及びインド・パキスタン中心世界ボーローグ技術拡散、CIMMYT所長就任とメキシコメヒコ州テスココ市エル・バタン国際小麦改良プログラムディレクター任命・メキシコ政府ロックフェラー財団フォード財団資金提供及びCIMMYTライ小麦育種プログラム導入穀物収量著向上、ノーマン・ボーローグのノーベル平和賞受賞と爆発的人口増加予想下画期的農法人類食物不足危機防止受賞理由、大量化学肥料水路改変種単一作物栽培収量上農法弊害顕在化と価格暴落・窒素肥料土壌酸性化収量低下・単一作物害虫大量発生殺虫剤農民収入激減・農民水争奪・地下塩分地表塩害作物育成不能・農薬水源汚染農民健康害魚漁獲不能・資本集約型農業地元農家市場パージ支配者対立・連作障害帯水層枯渇、ノーマン・ボーローグCIMMYT所長辞職と上級コンサルタント残留及び小麦ライ小麦大麦トウモロコシ高地モロコシ研究、世界各国124名ノーベル賞受賞者大学学長等によるメキシコWCC(世界文化理事会)設立とボーローグ創設メンバー、ノーマン・ボーローグのテキサスA&M大学教員就任と国際農業特別教授ユージン・バトラー寄付基金教授就任生涯在籍及びミネソタ大学ツインシティー校アイオワ大学コーネル大学教鞭、BCCI(国際信用商業銀行)創設者アガ・ハサン・アベディプライベートジェットによるジミー・カーター・ノーマン・ボーローグ・笹川良一・笹川陽平・アンドリュー・ヤング・カーターセンタージョージ・スキーラ・ロンドン合流アベディ7名アフリカ訪問とスーダン・タンザニア食糧増産アプローチ説明・ザンビア初代大統領ケネス・カウンダ夕食ザンビア革命歌白ハンカチ閣僚見送・ガーナ第10代国家元首ジェリー・ローリングス迷彩柄軍服サングラスブーツデスク投足カーター侮辱発言と笹川良一叱責・ローリングス足下国民食糧供給真剣語、ジミー・カーター・ノーマン・ボーローグ・笹川良一によるジュネーヴSSA(笹川アフリカ協会)設立迄──
マヌエル・アビラ・カマチョメキシコ大統領就任・ヘンリー・A・ウォレスロックフェラー財団説得を起点に、エルビン・スタックマン特別研究局設置・ボーローグデュポン軍事研究転用・ジェイコブ・ジョージ・ダッチ・ハラー招聘メキシコシティ行・農林10号交配半矮性高収量小麦開発・メキシコ収量500%増輸入国輸出国転換・アメリカ大陸食糧生産計画理事・CIMMYT再編成インドパキスタン拡散・CIMMYT所長就任エル・バタンディレクターロックフェラーフォード財団資金提供・ライ小麦育種プログラム・ノーベル平和賞・化学肥料農薬単一栽培8弊害顕在化・CIMMYT所長辞職上級コンサルタント残留・WCC創設メンバー・テキサスA&M大学生涯在籍・BCCIアベディジェットアフリカ4ヶ国訪問・SSA設立に至った、ロックフェラー財団とノーマン・ボーローグ46年間の品種改悪小麦開発と世界土壌破壊の系譜を年月日単位で追跡した一冊。
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本書について
西暦1,940年12月1日、マヌエル・アビラ・カマチョが第45代メキシコ大統領に就任した。カマチョが農業に関して掲げた第一の目標は、国家の工業化と経済成長に資する事であった。同年9月4日迄第11代農務長官を務め、メキシコ政府と共に農業開発に取り組む様ロックフェラー財団を説得していたヘンリー・A・ウォレスは、カマチョの掲げた目標が、アメリカの経済・軍事に有益であると考えた。ロックフェラー財団は、ミネソタ大学植物病理学助教授エルビン・スタックマンを含む3名の農学者に連絡を取り、ロックフェラー財団の指揮の下、土壌開発・トウモロコシと小麦の生産・植物の病理学に重点を置く特別研究局を設置し、アメリカとメキシコの科学者を配置する事を提案した。
西暦1,941年12月7日、真珠湾攻撃により、太平洋戦争が開戦した。農学者ノーマン・ボーローグは、軍に入隊しようとしたが、戦時中の労働規制により拒否された。西暦1,942年、農学者ノーマン・ボーローグが、デュポン・ド・ヌムール財団研究所(アメリカのデラウェア州ウィルミントン)の微生物学者として雇用された。ボーローグは、①殺菌剤②防カビ剤③防腐剤の工業用及び農業用の研究を主導する予定であった。然し、ボーローグの所属していた研究室は、アメリカ軍の研究を行う為に転用された。最初のプロジェクトの1つは、南太平洋の暖かい塩水に耐えられる接着剤を開発する事であった。当時日本海軍は、ガダルカナル島を征圧し、日中空と海を哨戒していた。アメリカ軍がガダルカナル島に取り残された部隊に物資を輸送する唯一の方法は、夜間にスピードボートで接近し、缶詰やその他の物資が入った箱を波に投げ捨てて海岸に打ち上げるというものであった。然し、此れ等の容器を結合している接着剤が塩水で分解するという問題があった。ボーローグは同僚と共に、数週間以内という僅かな期間で、腐食に強い接着剤を開発し、ガダルカナル島に取り残された部隊に物資を供給する事に成功した。ボーローグは他にも①迷彩服②水筒の消毒剤③マラリア予防の為のDDT④小型電子機器の断熱材等の研究に従事した。
西暦1,944年7月、エルビン・スタックマンからプロジェクトリーダーに選ばれた博士ジェイコブ・ジョージ・ダッチ・ハラーが、メキシコで新たに立ち上がった小麦の共同研究・生産プログラムの責任者としてノーマン・ボーローグを迎えた。ボーローグは、デュポン・ド・ヌムール財団研究所の給料を2倍にするという引き止めを拒否し、妻と娘を残して単身メキシコシティへ向かった。そして、ロックフェラー財団メキシコ農業協力計画研究員として、メキシコ政府とロックフェラー財団の下で進められていた小麦の育種及び生産計画に携わった。そして同年、日本在来の小麦品種である農林10号と、メキシコ在来の春小麦を交配させ、草丈が90〜120cmと低い、半矮性の肥料に良く反応する小麦の高収量品種を開発した。此の頃メキシコは、小麦の需要の半分を輸入で賄っていた。西暦1,958年、メキシコの小麦の収量が、西暦1,946年比で500%増となった。メキシコは小麦の輸入国から輸出国に転換した。
西暦1,960年、ノーマン・ボーローグが、アメリカ大陸食糧生産計画理事に就任した。西暦1,963年迄務めた。同年、ノーマン・ボーローグ率いる研究グループが、CIMMYT(国際トウモロコシ・コムギ改良センター)に再編成された。然し、依然としてメキシコ政府とロックフェラー財団の傘下にあった。CIMMYTはノーマン・ボーローグの技術を、インド・パキスタン等を中心に、世界に広めていった。西暦1,964年、ノーマン・ボーローグが、CIMMYT所長に就任した。又、メキシコメヒコ州テスココ市エル・バタンでの国際小麦改良プログラムのディレクターにも任命された。此の頃、①メキシコ政府②ロックフェラー財団③フォード財団がCIMMYTに対し資金提供を行なった。又同年、CIMMYTはライ小麦育種プログラムを導入し、穀物収量は著しく向上した。
西暦1,970年10月21日、ノーマン・ボーローグがノーベル平和賞を受賞した。爆発的な人口増加が予想される中、ボーローグの画期的な農法が、人類の食物の不足が危機的状況に達するのを防ぐというのが受賞理由であった。然し西暦1,975年頃から、ノーマン・ボーローグ等が推し進めた、大量の化学肥料を農地に入れ、水路を張り巡らせ多量に水を供給し、改変された種を使って単一の種の作物を栽培し、収量を上げる農法に関し、①作物が大量に市場で出回る事による価格暴落②窒素肥料を使いすぎて土壌が酸性化して急速に収量が低下③単一作物を栽培したため害虫が大量発生して、其の駆除に大量の殺虫剤が使われ、農民の収入が激減④多量の水を必要とする為、農民同士での水の争奪の発生⑤多量の水を撒く事により、地下に蓄積された塩分が地表に出て来る事による塩害が発生し、作物が育たなくなる⑥多量の農薬が水源を汚し、農民の健康を害し、魚も獲れなくなった⑦大量の高価な種・大量の農薬・高価な機械等の資本集約型の農業となり地元農家を市場からパージし、支配者との対立が生まれた⑧土壌の集約化による連作障害や帯水層の枯渇、の8つの弊害が顕在化し始めた。
西暦1,979年、ノーマン・ボーローグが、CIMMYT所長を辞職した。然し、上級コンサルタントとしてCIMMYTに引き続き残り、①小麦②ライ小麦③大麦④トウモロコシ⑤高地モロコシの研究に携わった。西暦1,981年、世界各国124名の、ノーベル賞受賞者を含む研究者や大学学長等によって、メキシコにWCC(世界文化理事会)が設立された。ノーマン・ボーローグも創設メンバーに名を連ねた。西暦1,984年、ノーマン・ボーローグが、テキサスA&M大学で教員となり、教鞭を執りつつ、研究を始めた。軈て、国際農業特別教授や農業バイオテクノロジー分野に於けるユージン・バトラー寄付基金教授に就任し、生涯テキサスA&M大学に在籍し続けた。他にも①ミネソタ大学ツインシティー校②アイオワ大学③コーネル大学で教鞭を執った。
西暦1,986年1月、①ジミー・カーター②ノーマン・ボーローグ③笹川良一④笹川陽平⑤アンドリュー・ヤング⑥カーター・センターのジョージ・スキーラ⑦アベディ(ロンドンから合流)が、BCCI(国際信用商業銀行)創設者アガ・ハサン・アベディのプライベートジェットでアフリカを訪問した。①スーダン②タンザニア③ザンビア④ガーナの4ヶ国を訪問した。スーダンとタンザニアでは、ボーローグが食糧増産へのアプローチを説明した。ザンビアでは、初代ザンビア大統領ケネス・カウンダと夕食を共にした。其の後、ザンビア革命の歌を歌いながら白いハンカチを振るカウンダを始めとする閣僚に見送られた。ガーナでは、第10代ガーナ国家元首ジェリー・ローリングスと会談した。ローリングスは、迷彩柄の軍服にサングラスを掛けて現れ、席に着くなり背凭れに凭れ、ブーツを履いた儘足をデスクの上に投げ出した。そして、西暦1,980年11月4日に第49回アメリカ大統領選に敗れたカーターや、アメリカを侮辱する発言をした。我慢の限界に達した良一は立ち上がり「カーターが此処に来たのは、貴方の為でも、政治的な目的の為でもありません。ガーナの人々を支援する為です」とローリングスを叱った。ローリングスは良一を暫く見つめた後、足を下ろし、国民の食糧供給について真剣に語った。同年3月、①ジミー・カーター②ノーマン・ボーローグ③笹川良一の3名がSSA(笹川アフリカ協会)をジュネーヴに設立した。本書は、此の46年に亘る、マヌエル・アビラ・カマチョ第45代メキシコ大統領就任とヘンリー・A・ウォレスのロックフェラー財団説得を起点とする、エルビン・スタックマン特別研究局設置・ノーマン・ボーローグのデュポン・ド・ヌムール財団研究所雇用とアメリカ軍研究転用塩水耐性接着剤数週間開発成功、ジェイコブ・ジョージ・ダッチ・ハラー招聘とデュポン給料2倍引止拒否単身メキシコシティ行・ロックフェラー財団メキシコ農業協力計画研究員就任・日本農林10号メキシコ春小麦交配草丈90〜120cm半矮性高収量小麦開発、メキシコ収量1,946年比500%増小麦輸入国輸出国転換、アメリカ大陸食糧生産計画理事就任、CIMMYT(国際トウモロコシ・コムギ改良センター)再編成とインドパキスタン中心世界拡散、CIMMYT所長就任エル・バタン国際小麦改良プログラムディレクター任命とロックフェラーフォード財団資金提供・ライ小麦育種プログラム導入、ノーベル平和賞受賞、大量化学肥料水路改変種単一作物栽培収量上農法の価格暴落・窒素肥料土壌酸性化収量低下・単一作物害虫大量発生殺虫剤農民収入激減・農民水争奪・地下塩分地表塩害作物育成不能・農薬水源汚染農民健康害魚漁獲不能・資本集約型農業地元農家市場パージ支配者対立・連作障害帯水層枯渇の8弊害顕在化、CIMMYT所長辞職上級コンサルタント残留と小麦ライ小麦大麦トウモロコシ高地モロコシ研究、世界各国124名研究者によるメキシコWCC(世界文化理事会)創設メンバー、テキサスA&M大学教員就任と国際農業特別教授ユージン・バトラー寄付基金教授生涯在籍及びミネソタ大学ツインシティー校アイオワ大学コーネル大学教鞭、BCCIアガ・ハサン・アベディプライベートジェットによるカーター・ボーローグ・笹川良一・笹川陽平・アンドリュー・ヤング・ジョージ・スキーラ・アベディ7名のスーダン・タンザニア・ザンビア(ケネス・カウンダ夕食)・ガーナ(ジェリー・ローリングス迷彩軍服侮辱発言と笹川良一叱責)4ヶ国訪問、ジュネーヴSSA(笹川アフリカ協会)設立に至るまで、ロックフェラー財団とノーマン・ボーローグの46年に亘る品種改悪小麦開発と世界土壌破壊の全過程を、年月日単位で記録した年表である。
登場人物
- ノーマン・ボーローグ 本書の中心人物。農学者。西暦1,941年12月7日真珠湾攻撃後の軍入隊試行戦時労働規制拒否、西暦1,942年デュポン・ド・ヌムール財団研究所(アメリカデラウェア州ウィルミントン)微生物学者雇用とアメリカ軍研究転用・ガダルカナル島塩水耐性接着剤数週間開発成功・迷彩服・水筒消毒剤・マラリア予防DDT・小型電子機器断熱材研究、西暦1,944年7月ジェイコブ・ジョージ・ダッチ・ハラー招聘でデュポン給料2倍引止拒否単身メキシコシティ行・ロックフェラー財団メキシコ農業協力計画研究員就任及び日本農林10号メキシコ春小麦交配草丈90〜120cm半矮性高収量小麦開発、西暦1,960年アメリカ大陸食糧生産計画理事就任、西暦1,963年CIMMYT(国際トウモロコシ・コムギ改良センター)再編成、西暦1,964年CIMMYT所長就任とエル・バタン国際小麦改良プログラムディレクター任命、西暦1,970年10月21日ノーベル平和賞受賞、西暦1,979年CIMMYT所長辞職上級コンサルタント残留、西暦1,981年WCC創設メンバー、西暦1,984年テキサスA&M大学教員就任・ユージン・バトラー寄付基金教授生涯在籍、西暦1,986年1月BCCIアベディジェットでアフリカ4ヶ国訪問・3月ジュネーヴSSA(笹川アフリカ協会)設立。
- マヌエル・アビラ・カマチョ 第45代メキシコ大統領。西暦1,940年12月1日就任。農業に関して掲げた第一の目標は、国家の工業化と経済成長に資する事であった。此の目標を、ヘンリー・A・ウォレスがアメリカの経済・軍事に有益であると評価し、ロックフェラー財団がメキシコ農業介入に動く起点となった。
- ヘンリー・A・ウォレス 西暦1,940年9月4日迄第11代農務長官を務めた人物。メキシコ政府と共に農業開発に取り組む様ロックフェラー財団を説得していた。マヌエル・アビラ・カマチョの掲げた目標が、アメリカの経済・軍事に有益であると考えた。本書のロックフェラー財団メキシコ農業介入の発端となった人物。
- エルビン・スタックマン ミネソタ大学植物病理学助教授。西暦1,940年12月、ロックフェラー財団から連絡を受けた3名の農学者の1人。土壌開発・トウモロコシと小麦の生産・植物の病理学に重点を置く特別研究局設置の提案に関わった。西暦1,944年7月、ジェイコブ・ジョージ・ダッチ・ハラーをメキシコ小麦共同研究生産プログラムのプロジェクトリーダーに選定した。
- ジェイコブ・ジョージ・ダッチ・ハラー 博士。エルビン・スタックマンに選定されたプロジェクトリーダー。西暦1,944年7月、メキシコで新たに立ち上がった小麦の共同研究・生産プログラムの責任者としてノーマン・ボーローグを迎えた。
- ジミー・カーター アメリカの政治家。西暦1,980年11月4日の第49回アメリカ大統領選敗北後、西暦1,986年1月にBCCI創設者アガ・ハサン・アベディのプライベートジェットでノーマン・ボーローグ・笹川良一等と共にスーダン・タンザニア・ザンビア・ガーナのアフリカ4ヶ国を訪問。同年3月、ノーマン・ボーローグ・笹川良一と共にジュネーヴでSSA(笹川アフリカ協会)を設立。
- 笹川良一・笹川陽平 ①笹川良一は、西暦1,986年1月のBCCIアベディジェットアフリカ4ヶ国訪問に参加。ガーナでジェリー・ローリングスがカーターやアメリカを侮辱する発言を行なった際、立ち上がり「カーターが此処に来たのは、貴方の為でも、政治的な目的の為でもありません。ガーナの人々を支援する為です」とローリングスを叱った。同年3月、ジミー・カーター・ノーマン・ボーローグと共にジュネーヴSSA(笹川アフリカ協会)を設立。②笹川陽平は、西暦1,986年1月のBCCIアベディジェットアフリカ4ヶ国訪問に同行した。
- アンドリュー・ヤング・ジョージ・スキーラ ①アンドリュー・ヤングは、西暦1,986年1月のBCCIアベディジェットアフリカ4ヶ国訪問に参加した。②ジョージ・スキーラは、カーター・センターの人物として同訪問に参加した。
- アガ・ハサン・アベディ BCCI(国際信用商業銀行)創設者。西暦1,986年1月、自身のプライベートジェットでジミー・カーター・ノーマン・ボーローグ・笹川良一・笹川陽平・アンドリュー・ヤング・ジョージ・スキーラのアフリカ4ヶ国訪問を可能にし、自身もロンドンから合流した。
- ケネス・カウンダ 初代ザンビア大統領。西暦1,986年1月、BCCIアベディジェットでザンビアを訪問したカーター・ボーローグ・笹川良一等の一行と夕食を共にした。其の後、ザンビア革命の歌を歌いながら白いハンカチを振り、閣僚と共に一行を見送った。
- ジェリー・ローリングス 第10代ガーナ国家元首。西暦1,986年1月、BCCIアベディジェットでガーナを訪問したカーター・ボーローグ・笹川良一等の一行と会談。迷彩柄の軍服にサングラスを掛けて現れ、席に着くなり背凭れに凭れブーツを履いた儘足をデスクの上に投げ出した。西暦1,980年11月4日に第49回アメリカ大統領選に敗れたカーターや、アメリカを侮辱する発言を行い、笹川良一に叱責された後、足を下ろして国民の食糧供給について真剣に語った。
主要な概念・組織
- ロックフェラー財団特別研究局・メキシコ農業協力計画 西暦1,940年12月、ロックフェラー財団がミネソタ大学植物病理学助教授エルビン・スタックマンを含む3名の農学者に連絡を取り、自財団指揮の下、土壌開発・トウモロコシと小麦の生産・植物の病理学に重点を置く特別研究局を設置し、アメリカとメキシコの科学者を配置する事を提案した。其の後、ロックフェラー財団メキシコ農業協力計画として、メキシコ政府との共同小麦育種・生産計画を進めた。本書の品種改悪小麦開発系譜の起点。
- デュポン・ド・ヌムール財団研究所・アメリカ軍研究転用 アメリカデラウェア州ウィルミントン所在の研究所。西暦1,942年にノーマン・ボーローグを微生物学者として雇用し、当初は①殺菌剤②防カビ剤③防腐剤の工業用及び農業用研究主導予定であったが、所属研究室がアメリカ軍研究に転用。日本海軍ガダルカナル島征圧下のアメリカ軍夜間スピードボート波投箱海岸打揚物資輸送容器の塩水分解問題に対し、ボーローグ等は数週間以内で腐食に強い接着剤を開発し物資供給に成功。他に①迷彩服②水筒の消毒剤③マラリア予防の為のDDT④小型電子機器の断熱材研究にも従事した。
- 農林10号交配・半矮性高収量小麦 西暦1,944年、ノーマン・ボーローグがデュポン給料2倍引止拒否単身メキシコシティ行で、ロックフェラー財団メキシコ農業協力計画研究員として開発。日本在来の小麦品種である農林10号と、メキシコ在来の春小麦を交配させ、草丈が90〜120cmと低い、半矮性の肥料に良く反応する小麦の高収量品種を作出。此の頃メキシコは小麦の需要の半分を輸入で賄っていたが、西暦1,958年にはメキシコの小麦収量が西暦1,946年比500%増となり、メキシコは小麦輸入国から輸出国に転換した。「緑の革命」の中核技術であり、本書が記録する品種改悪小麦の母体。
- CIMMYT(国際トウモロコシ・コムギ改良センター) 西暦1,963年、ノーマン・ボーローグ率いる研究グループが再編成された組織。依然としてメキシコ政府とロックフェラー財団の傘下にあった。CIMMYTはノーマン・ボーローグの技術を、インド・パキスタン等を中心に、世界に広めていった。西暦1,964年にボーローグが所長に就任し、メキシコメヒコ州テスココ市エル・バタンで国際小麦改良プログラムのディレクターにも任命された。同年、①メキシコ政府②ロックフェラー財団③フォード財団が資金提供。CIMMYTはライ小麦育種プログラムを導入し、穀物収量は著しく向上した。ボーローグは西暦1,979年に所長を辞職したが、上級コンサルタントとして残り①小麦②ライ小麦③大麦④トウモロコシ⑤高地モロコシの研究を継続した。
- アメリカ大陸食糧生産計画 ノーマン・ボーローグが、西暦1,960年から西暦1,963年迄理事を務めた組織。CIMMYT再編成前の中継組織。
- ノーベル平和賞受賞 西暦1,970年10月21日、ノーマン・ボーローグが受賞。爆発的な人口増加が予想される中、ボーローグの画期的な農法が、人類の食物の不足が危機的状況に達するのを防ぐというのが受賞理由であった。但し本書が記録する通り、其の僅か5年後の西暦1,975年頃から、其の農法の8つの弊害が世界規模で顕在化し始める。
- 大量化学肥料・水路・改変種・単一作物栽培農法の8弊害 西暦1,975年頃から顕在化した、ノーマン・ボーローグ等が推し進めた、大量の化学肥料を農地に入れ、水路を張り巡らせ多量に水を供給し、改変された種を使って単一の種の作物を栽培し、収量を上げる農法の弊害。①作物が大量に市場で出回る事による価格暴落②窒素肥料を使いすぎて土壌が酸性化して急速に収量が低下③単一作物を栽培したため害虫が大量発生して、其の駆除に大量の殺虫剤が使われ、農民の収入が激減④多量の水を必要とする為、農民同士での水の争奪の発生⑤多量の水を撒く事により、地下に蓄積された塩分が地表に出て来る事による塩害が発生し、作物が育たなくなる⑥多量の農薬が水源を汚し、農民の健康を害し、魚も獲れなくなった⑦大量の高価な種・大量の農薬・高価な機械等の資本集約型の農業となり地元農家を市場からパージし、支配者との対立が生まれた⑧土壌の集約化による連作障害や帯水層の枯渇。本書のタイトルが「品種改悪」と表現する核心。
- WCC(世界文化理事会) 西暦1,981年、世界各国124名の、ノーベル賞受賞者を含む研究者や大学学長等によって、メキシコに設立。ノーマン・ボーローグも創設メンバーに名を連ねた。
- テキサスA&M大学・ユージン・バトラー寄付基金教授 西暦1,984年、ノーマン・ボーローグが教員となった大学。教鞭を執りつつ研究を始め、軈て国際農業特別教授や農業バイオテクノロジー分野に於けるユージン・バトラー寄付基金教授に就任し、生涯テキサスA&M大学に在籍し続けた。他に①ミネソタ大学ツインシティー校②アイオワ大学③コーネル大学でも教鞭を執った。
- BCCIアベディジェット・アフリカ4ヶ国訪問 西暦1,986年1月、BCCI(国際信用商業銀行)創設者アガ・ハサン・アベディのプライベートジェットによる①ジミー・カーター②ノーマン・ボーローグ③笹川良一④笹川陽平⑤アンドリュー・ヤング⑥カーター・センターのジョージ・スキーラ⑦ロンドン合流アベディの7名による①スーダン②タンザニア③ザンビア④ガーナ訪問。スーダン・タンザニアではボーローグが食糧増産アプローチを説明、ザンビアでは初代ザンビア大統領ケネス・カウンダ夕食とザンビア革命歌白ハンカチ閣僚見送、ガーナでは第10代ガーナ国家元首ジェリー・ローリングスが迷彩柄軍服サングラス姿でブーツのままデスクに足を投げ出してカーター・アメリカを侮辱する発言を行い、笹川良一が叱責し「カーターが此処に来たのは、貴方の為でも、政治的な目的の為でもありません。ガーナの人々を支援する為です」と諭した結果ローリングスが足を下ろし国民食糧供給を真剣語。
- SSA(笹川アフリカ協会) 西暦1,986年3月、①ジミー・カーター②ノーマン・ボーローグ③笹川良一の3名がジュネーヴに設立した協会。同年1月のBCCIアベディジェットアフリカ4ヶ国訪問の直接的成果。本書が記録するロックフェラー財団とノーマン・ボーローグ46年間の品種改悪小麦開発と世界土壌破壊の系譜の、アフリカ大陸への展開拠点として機能した到達点である。
マヌエル・アビラ・カマチョ第45代メキシコ大統領就任とヘンリー・A・ウォレスのロックフェラー財団説得、ロックフェラー財団主導エルビン・スタックマン特別研究局設置、真珠湾攻撃下のノーマン・ボーローグ軍入隊試行戦時労働規制拒否とデュポン・ド・ヌムール財団研究所雇用・アメリカ軍研究転用・ガダルカナル島塩水耐性接着剤数週間開発成功・迷彩服水筒消毒剤マラリア予防DDT小型電子機器断熱材研究、ジェイコブ・ジョージ・ダッチ・ハラー招聘とデュポン給料2倍引止拒否単身メキシコシティ行・ロックフェラー財団メキシコ農業協力計画研究員就任・日本農林10号メキシコ春小麦交配草丈90〜120cm半矮性高収量小麦開発、メキシコ小麦収量1,946年比500%増小麦輸入国輸出国転換、アメリカ大陸食糧生産計画理事就任、CIMMYT(国際トウモロコシ・コムギ改良センター)再編成とインドパキスタン世界拡散、CIMMYT所長就任エル・バタン国際小麦改良プログラムディレクター任命とメキシコ政府ロックフェラー財団フォード財団資金提供・ライ小麦育種プログラム導入穀物収量著向上、ノーベル平和賞受賞、化学肥料水路改変種単一作物栽培収量上農法の価格暴落・窒素肥料土壌酸性化収量低下・単一作物害虫大量発生殺虫剤農民収入激減・農民水争奪・地下塩分地表塩害作物育成不能・農薬水源汚染農民健康害魚漁獲不能・資本集約型農業地元農家市場パージ支配者対立・連作障害帯水層枯渇の8弊害顕在化、CIMMYT所長辞職上級コンサルタント残留と小麦ライ小麦大麦トウモロコシ高地モロコシ研究、世界各国124名研究者大学学長等によるメキシコWCC(世界文化理事会)設立創設メンバー、テキサスA&M大学教員就任とユージン・バトラー寄付基金教授生涯在籍及びミネソタ大学ツインシティー校アイオワ大学コーネル大学教鞭、BCCI創設者アガ・ハサン・アベディプライベートジェットによるカーター・ボーローグ・笹川良一・笹川陽平・アンドリュー・ヤング・ジョージ・スキーラ・アベディ7名のスーダン・タンザニア・ザンビア(ケネス・カウンダ夕食革命歌見送)・ガーナ(ジェリー・ローリングス迷彩軍服侮辱発言と笹川良一叱責)4ヶ国訪問、ジュネーヴSSA(笹川アフリカ協会)設立迄──
マヌエル・アビラ・カマチョメキシコ大統領就任・ヘンリー・A・ウォレスロックフェラー財団説得を起点に、エルビン・スタックマン特別研究局設置・ボーローグデュポン軍事研究転用・ジェイコブ・ジョージ・ダッチ・ハラー招聘メキシコシティ行・農林10号交配半矮性高収量小麦開発・メキシコ収量500%増輸入国輸出国転換・アメリカ大陸食糧生産計画理事・CIMMYT再編成インドパキスタン拡散・CIMMYT所長就任エル・バタンディレクターロックフェラーフォード財団資金提供・ライ小麦育種プログラム・ノーベル平和賞・化学肥料農薬単一栽培8弊害顕在化・CIMMYT所長辞職上級コンサルタント残留・WCC創設メンバー・テキサスA&M大学生涯在籍・BCCIアベディジェットアフリカ4ヶ国訪問・SSA設立に至った、ロックフェラー財団とノーマン・ボーローグ46年間の品種改悪小麦開発と世界土壌破壊の系譜を年月日単位で追跡した一冊。
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