電子書籍「秘密結社「ボヘミアンクラブ」一元化」の表紙

秘密結社「ボヘミアンクラブ」一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦1,872年5月17日〜2,019年
最新更新日
西暦2,026年1月20日

サンフランシスコ・エグザミナー記者5名を中心とするボヘミアンクラブ設立、ヘンリー・ハリー・エドワーズ壮行会とセコイアの森でのキャンプ開始、ジェームズ・F・ボウマン制作の儀式作品「ケアの火葬」上演開始、モンテリオでのボヘミアングローブ命名と非公開密会開始、ハーバート・フーヴァー入会と共和党大統領の集結、入会待ちリスト導入、フーヴァー大統領就任とボヘミアングローブ秘密主義化、毎年恒例キャンプでの日本に対する経済封鎖強化・中華民国軍事支援・マンハッタン計画議論、アーネスト・ローレンス・ロバート・オッペンハイマー・ジェイムス・コナント等出席のマンハッタン計画会議、フーヴァー オールド・ガード就任、ボヘミアングローブでのロナルド・レーガン・リチャード・ニクソン合意、ニクソンのホモ野郎共発言と2,300名規模のエリートクラブ化、デイヴィッド・ロックフェラー・ヘンリー・キッシンジャー・ジョージ・シュルツ・アレクサンダー・ヘイグ・ジェラルド・R・フォード・ジョージ・H・W・ブッシュ・ディック・チェイニー集結、ジョージ・シュルツ・ロナルド・レーガン入会、カリフォルニア州公正雇用住宅局による女性雇用拒否差別告訴、メアリー・ムーアのボヘミアングローブ・アクション・ネットワーク設立とNWO暴露運動、マザー・ジョーンズ記者リック・クロガー潜入とエドワード・テラー講演・ウィリアム・バックリー・ジュニア閉会講演暴露、行政法判事の公然放尿理由ボヘミアンクラブ支持判決、カリフォルニア州控訴裁判所の女性雇用禁止規則無効判決、カリフォルニア州最高裁判所判決維持、酒類販売許可取消請求、ウィリアム・P・ロジャーズ・ヘンリー・キッシンジャー・アレクサンダー・ヘイグ・ジョージ・シュルツ国務長官経験者集結、ウォルター・クロンカイト声担当ケアの火葬・ルイス・ボッカルディのテリー・アンダーソン拉致講演・キッシンジャーKGBジョーク・ミシェル・ロカール新ヨーロッパ秩序講演・ジョン・T・チェイン・ジュニアのB-2講演・ザ・ロー・ジンクス公演・ロナルド・レーガン講演、ウィリアム・サイモンB.A.T.インダストリーズ買収戦参入、デイヴィッド・ガーゲン退会と三極委員会・ビルダーバーグ会議・CFR脱退、ソノマ郡監督委員会法執行機関警備提供終了通達迄──
サンフランシスコの紳士社交クラブから始まり、アメリカ大統領・官僚・大企業CEO・三極委員会・CFR・CED関係者2,300名を擁し、アメリカの私有資産25〜30%・私有企業資産60〜70%を保有してアメリカ政府をも支配したボヘミアンクラブの147年間の系譜を年月日単位で追跡した一冊。

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本書について

西暦1,872年5月17日、サンフランシスコの日刊紙「サンフランシスコ・エグザミナー」の記者5名を中心に、ジャーナリスト・芸術家・ミュージシャンによって、ジャーナリズムを一般大衆の評価に値する地位へと高める為の、文学・芸術・音楽・演劇を専門とする紳士の社交クラブとして「ボヘミアンクラブ」が設立された。初期には、①小説家マーク・トウェイン、②作家ブレット・ハート、③ジャーナリストのヘンリー・モートン・スタンリー、④作家ジャック・ロンドン、⑤作家ヘンリー・ジョージ、が参加していた。西暦1,878年6月29日夜、舞台俳優で、ボヘミアンクラブの創設メンバーであるヘンリー・ハリー・エドワーズの壮行会が、セコイアが生えている森(現在のアメリカのカリフォルニア州マリン郡のサミュエル・P・テイラー州立公園)にて開催された。此の時迄にボヘミアンクラブはサンフランシスコを拠点とする実業家に買収され、創設の中心メンバーであった記者5名は追い出されていた。以降実業家達は、キャンプ地とする為の森と施設を取得するのに必要な資金を提供し、エドワーズが抜けて以降も此の地で宴会が催され、此の森はボヘミアンクラブの毎年恒例のキャンプ地となった。西暦1,881年、ボヘミアンクラブの共同創設者の1人で、書記を務めていたジャーナリストで詩人のジェームズ・F・ボウマン制作の儀式作品「ケアの火葬」が上演された。フードを被った人間がボートを漕いでボヘミアングローブの人造湖を渡り、人造湖に在る12.192mのミネルヴァの梟像の前で人形を焼く儀式は、以降毎年恒例のキャンプの初日の夜に上演される事となった。

西暦1,893年、ボヘミアンクラブが、モンテリオ(アメリカのカリフォルニア州ソノマ郡)近くのセコイアが生えている10,927,000㎡のエリアを借り、「ボヘミアングローブ」と名付け、以降毎年7月に2週間、社交パーティーと称した密会が、ヘリコプターや警備員の厳重な管理の下で非公開で行われ、政治・国際・環境の諸問題に関する議論が交わされる事となった。他にも、①舞台公演、②儀式、③多量の飲酒、④屋外での放尿、が行われた。メンバーはゲストを連れてくる事が認められているが、メディアや部外者の立ち入りは禁止であった。西暦1,899年、ボヘミアンクラブが、ボヘミアングローブの土地を、ボーデーガ(アメリカのカリフォルニア州ソノマ郡)の製材所を経営するメルビン・サイラス・ミーカーから購入した。西暦1,913年、ハーバート・フーヴァーが、ボヘミアンクラブに入会した。西暦1,923年以降、ボヘミアンクラブに、①アメリカ共和党所属のアメリカ大統領、②アメリカ民主党所属のアメリカ大統領の一部、③アメリカの官僚、④大手金融機関を含む大企業の取締役やCEO、が参加し始めた。同年、ボヘミアンクラブが入会待ちリストを導入し、カリフォルニア州民が30歳迄に入会を認められなかった場合、商業的若しくは政治的な著名人にならない限り、会員になる事は絶望的となった。投票権を持つ通常会員の入会金は8,500ドルで、年会費は2,000ドル以上に設定された。同年8月2日、カルビン・クーリッジが第30代アメリカ大統領に就任し、以降の共和党の大統領は、略全員がボヘミアンクラブのメンバーとなった。西暦1,929年3月4日、ハーバート・フーヴァーが第31代アメリカ大統領に就任し、此の頃からボヘミアングローブのセコイアの森が共和党大統領の安息の地として機能し始め、ボヘミアングローブは秘密主義的となっていった。

西暦1,941年7月、ボヘミアンクラブの毎年恒例のキャンプにて、①日本に対する経済封鎖の強化、②日本と戦っている中華民国政府への軍事支援、③原爆の開発・製造計画「マンハッタン計画」、の3点が議論された。西暦1,942年9月13日からボヘミアングローブのクラブハウスにて、マンハッタン計画会議が開催された。出席者は、①カリフォルニア大学教授でカリフォルニア大学バークレー校ラディエーション・ラボラトリー所長のアーネスト・ローレンス(主催者)、②カリフォルニア大学バークレー校物理学部正教授ロバート・オッペンハイマー(主催者)、③第23代ハーバード大学学長ジェイムス・コナント、④第3代NBS(アメリカ国立標準局)局長ライマン・ブリッグス、⑤シカゴ大学物理学部学部長でGE社コンサルタントのアーサー・コンプトン、⑥陸軍中佐ケネス・ニコルス、等10名であった。西暦1,953年3月4日、ハーバート・フーヴァーが、ボヘミアンクラブのオールド・ガードに就任した。其の祝賀会のスピーチでフーヴァーは、オールド・ガードの地位と名誉を、自身の後の大統領達の退役軍人顧問として果たした役割と比較した。西暦1,967年7月、ボヘミアングローブにてロナルド・レーガンが、リチャード・ニクソンと酒を酌み交わしながら、翌年の次期大統領選の予備選に出馬せず、共和党の指名候補争いでニクソンと対峙しない事で合意した。西暦1,971年5月13日、リチャード・ニクソンが、サンフランシスコの上流階級の人間に就いて「ボヘミアングローブには私も時々行くが、想像を絶するホモ野郎共の集まりである」と発言した。此の頃には、ボヘミアングローブは、特定の問題に関する政策決定の場となっており、メンバーの奉ずる宗教は右翼的且つ自由放任主義的で、娯楽としてドルイド教の樹木崇拝が組み込まれ、典型的な西部の色彩を帯びていた。ボヘミアンクラブは、アメリカ全土から選ばれた政府高官・三極委員会・CFR・CED(アメリカ経済開発委員会)の人間を中心とする、デイヴィッド・ロックフェラー・アレクサンダー・ヘイグ・キャスパー・ワインバーガー・ニクソン・ヘンリー・キッシンジャー・ジョージ・シュルツ・ニュート・ギングリッチ・ステファン・ベクテル・ジュニア・アラン・グリーンスパン・ジェラルド・R・フォード・ジャック・ケンプ・ドワイト・D・アイゼンハワー・コリン・パウエル・ウィリアム・バックリー・ジュニア・マーヴ・グリフィン・ジョゼフ・クアーズ・エドワード・テラー・マルコム・フォーブス・ロナルド・レーガン・ジョージ・H・W・ブッシュ・ディック・チェイニー・ジェイムズ・ベイカー等を含む2,300名程度のメンバーを擁し、33年分の順番待ちリストを有する、アメリカで最もエリートなクラブへと昇華した。ボヘミアンクラブのメンバーだけでアメリカの私有資産の25〜30%、私有企業の資産の60〜70%を保有し、大企業や財団を指揮し、アメリカ政府をも支配していた。

西暦1,975年2月27日、ジョージ・シュルツがボヘミアンクラブに入会し、同年3月6日、ロナルド・レーガンがボヘミアンクラブに入会した。西暦1,979年5月、カリフォルニア州公正雇用住宅局が、ボヘミアンクラブが女性従業員の雇用を拒否した事に対し、差別行為であるとして告訴した。西暦1,980年、メアリー・ムーアを始めとする72の左翼団体が、反ボヘミアンクラブの団体「ボヘミアングローブ・アクション・ネットワーク」をオクシデンタル(アメリカのカリフォルニア州ソノマ郡)に設立した。設立目的として「アメリカには支配階級が存在する。其れが誰であるかを明らかにする事」を掲げ、NWO(新世界秩序)を暴露する運動にも参加していた。同年7月、全米進歩財団が発行する評論雑誌「マザー・ジョーンズ」の記者リック・クロガーが、従業員の助けを得てボヘミアングローブのキャンプに潜入し、4日間を過ごした。其の時に見た、①ボヘミアンクラブによって上演された演劇「オリンパス」、②水爆開発者エドワード・テラーによる中東に対するソ連の脅威についての講演、③テレビ番組「ファイアリング ライン」司会者ウィリアム・バックリー・ジュニアによる、ロナルド・レーガンを大統領候補として支持する閉会講演、を後にマザー・ジョーンズの西暦1,981年8月号に掲載し、更にはABCイブニングニュースも特別レポートを放映した。クロガーは「電力会社SCE社の執行委員会委員長がやって来て、ステファン・ベクテル・ジュニアと、メディアや公安の目の届かない場所で宿舎を共有していた。政府関係者が民間産業家のゲストとして訪問する。そして西暦1,930年代、此のボヘミアングローブで、アーネスト・ローレンスは、巨大なサイクロトロンの開発資金の提供を確実受ける繋がりを築き、其のパイプがローレンスとアメリカを原爆開発への道へ送り込んだ」と暴露した。西暦1,981年1月、カリフォルニア州公正雇用住宅局のボヘミアンクラブ告訴の件に関し、行政法判事が、ボヘミアンクラブの会員は「トイレを使わずに公然と放尿している為、女性が居る事で会員の行動が変わってしまう事を理由に、ボヘミアンクラブを支持する決定を下した。同年10月17日、カリフォルニア州公正雇用住宅委員会が、ボヘミアンクラブに対し、女性を従業員として採用する様命じた。其の後ボヘミアンクラブは、カリフォルニア州高等裁判所に申し立てを行い「男性の性別が正当な職業資格である」と判断された。西暦1,986年11月20日夜、カリフォルニア州控訴裁判所が、ボヘミアンクラブの夏のキャンプにて女性雇用を禁ずる規則を無効とする判決を下し、上訴していたカリフォルニア州公正雇用住宅局が勝利した。西暦1,987年、カリフォルニア州最高裁判所が、前年11月20日のカリフォルニア州控訴裁判所の判決を覆す事を拒否し、ボヘミアンクラブは、モンテリオのボヘミアングローブの夏のキャンプで、女性労働者を雇用する事を余儀なくされた。同年7月2日、カリフォルニア州議会議員2名・女性弁護士団体・公益法律事務所が、ボヘミアンクラブの酒類販売許可を取り消す様アルコール飲料管理委員会に求めた。

西暦1,988年7月、ボヘミアンクラブの毎年恒例のキャンプには、①ウィリアム・P・ロジャーズ、②ヘンリー・キッシンジャー、③アレクサンダー・ヘイグ、④ジョージ・シュルツ、のアメリカ国務長官経験者が参加した。西暦1,989年7月15日夜、ボヘミアングローブの草地の人工湖の湖畔にて、キャンプのオープニングセレモニーが執り行われ、1,500名の男性が集結した。「ケアの火葬」は、毎年新たな工夫が施されるが、此の年の改善点は、梟の顔にホログラムを投影して、其の嘴が動いている様に見せる事であり、声はジャーナリストのウォルター・クロンカイトが担当した。クロンカイトは、①ジョージ・H・W・ブッシュ、②ウィリアム・バックリー・ジュニア、③アポロ8号船長でイースタン航空CEOを務めたフランク・ボーマン、とヒルビリーズにてキャンプをしていた。同年7月16日、AP通信社社長兼CEOルイス・ボッカルディがボヘミアングローブのキャンプにて、西暦1,985年3月16日にイスラーム聖戦シーア派のヒズボラ過激派に拉致された同社の中東担当主任特派員テリー・アンダーソンの窮状について講演を行い、助けを求める嘆願を行なった。又ヘンリー・キッシンジャーが「電話を2本掛けなければならない」と言って列に並んでいた6名を無視して割り込み、妻のナンシー・キッシンジャーに電話を掛けKGBがCIAエージェントを尋問するジョークを話した。同年7月21日、ヘンリー・キッシンジャーが森林の中の公衆電話で女性と話し、第11代フランス首相ミシェル・ロカールがマンダレイと呼ばれるボヘミアングローブ内で最も高級なバンガローでキャンプをしている事や、デイヴィッド・ロックフェラー・アーチャー・ダニエルズ・ミッドランドCEO兼会長ドウェイン・アンドレアス・マーヴ・グリフィン・ウォルター・クロンカイトとソ連の演説を聞いていた事等を語った。同年7月22日、ミシェル・ロカールが、ボヘミアングローブの湖畔の側で講演を行い、新しいヨーロッパ秩序に対するビジネスへの期待について述べた。同年7月23日正午過ぎ、SAC(アメリカ戦略航空軍団)最高司令官ジョン・T・チェイン・ジュニアが、ボヘミアングローブにて、ステルス戦略爆撃機B-2の必要性を訴える講演を行い、2,200名が聴講した。同日、ボヘミアングローブのピンクオニオンキャンプとケイブマンキャンプの間のフィールドサークルの舞台にて、長年最も人気のあるエンターテイメントであるミュージカルショー「ザ・ロー・ジンクス」の公演が行われ、制作費は75,000ドルであった。同年7月28日午後、ボヘミアングローブのアウルズネストキャンプにロナルド・レーガン・俳優エディ・アルバート・ユナイテッド・テクノロジーズ社社長ハリー・グレイ・ユニオンカーバイド社社長ロバート・D・ケネディが集った。翌7月29日、ロナルド・レーガンが、ボヘミアングローブの緑のパラソルの下に姿を現し、講演を行った。同年8月6日、ウィリアム・サイモンが、イギリスのB.A.T.インダストリーズPLC社の買収戦に参入した。サイモンは、同年7月22日のボヘミアングローブでのミシェル・ロカールの講演で語られた、新しいヨーロッパ秩序に対するビジネスへの期待を聴講し、影響を受けていた。西暦1,993年6月、第17代アメリカ大統領顧問デイヴィッド・ガーゲンが、ボヘミアンクラブを退会した。ガーゲンは退会の3日前に毎年恒例のボヘミアングローブのキャンプで、裸で走り回らないと宣言していた。更にガーゲンは、①三極委員会、②ビルダーバーグ会議、③CFR、を含む17の団体からも脱退し、第19代ホワイトハウス報道官ディー・ディー・マイヤーズもガーゲンの後を追って脱退した。西暦2,019年、ソノマ郡監督委員会がボヘミアンクラブに対し「本年を以って法執行機関の警備の提供を終了する」と通達した。本書は、此の147年に亘る、サンフランシスコの紳士社交クラブ設立から、ボヘミアングローブ命名、ケアの火葬上演開始、ハーバート・フーヴァー入会と共和党大統領の集結、マンハッタン計画会議、ニクソン・レーガン・キッシンジャー・ロックフェラー・シュルツ・ブッシュ・チェイニーを擁する2,300名のエリートクラブ化、ボヘミアングローブ・アクション・ネットワークによる暴露運動、女性雇用差別訴訟、ウォルター・クロンカイト声担当ケアの火葬・ミシェル・ロカール新ヨーロッパ秩序講演・ロナルド・レーガン講演、デイヴィッド・ガーゲン退会、ソノマ郡監督委員会の警備提供終了通達迄、アメリカの私有資産の25〜30%・私有企業資産の60〜70%を保有してアメリカ政府をも支配したボヘミアンクラブの系譜の全過程を、年月日単位で記録した年表である。


登場人物

  • マーク・トウェイン 小説家。西暦1,872年5月17日のボヘミアンクラブ設立時の初期メンバーの1人。
  • ブレット・ハート 作家。西暦1,872年5月17日のボヘミアンクラブ設立時の初期メンバーの1人。
  • ヘンリー・モートン・スタンリー ジャーナリスト。西暦1,872年5月17日のボヘミアンクラブ設立時の初期メンバーの1人。
  • ジャック・ロンドン 作家。西暦1,872年5月17日のボヘミアンクラブ設立時の初期メンバーの1人。
  • ヘンリー・ジョージ 作家。西暦1,872年5月17日のボヘミアンクラブ設立時の初期メンバーの1人。
  • ヘンリー・ハリー・エドワーズ 舞台俳優で、ボヘミアンクラブの創設メンバー。西暦1,878年6月29日夜、キャリアを更に高める為にニューヨーク市に拠点を移す事となり、セコイアが生えている森(現在のサミュエル・P・テイラー州立公園)にて壮行会が開催された。此の壮行会以降、此の森はボヘミアンクラブの毎年恒例のキャンプ地となった。
  • ジェームズ・F・ボウマン ボヘミアンクラブの共同創設者の1人で、西暦1,876〜1,878年迄ボヘミアンクラブの書記を務めていたジャーナリストで詩人。西暦1,881年、儀式作品「ケアの火葬」を制作し、フードを被った人間がボートを漕いでボヘミアングローブの人造湖を渡り、人造湖に在る12.192mのミネルヴァの梟像の前で人形を焼く此の儀式が、以降毎年恒例のキャンプの初日の夜に上演される事となった。
  • メルビン・サイラス・ミーカー ボーデーガ(アメリカのカリフォルニア州ソノマ郡)の製材所を経営。西暦1,899年、ボヘミアングローブの土地をボヘミアンクラブに売却した。
  • ハーバート・フーヴァー 第31代アメリカ大統領。西暦1,913年、ボヘミアンクラブに入会した。西暦1,929年3月4日に大統領に就任し、此の頃からボヘミアングローブのセコイアの森が共和党大統領の安息の地として機能し始めた。西暦1,953年3月4日、ボヘミアンクラブのオールド・ガードに就任。同年3月19日、ボヘミアンクラブ入会40周年を祝う式典が、副大統領リチャード・ニクソンの主催で、ウォルドルフ・アストリアで催された。
  • カルビン・クーリッジ 第30代アメリカ大統領。西暦1,923年8月2日に就任し、以降の共和党の大統領は、略全員がボヘミアンクラブのメンバーとなった。
  • アーネスト・ローレンス カリフォルニア大学教授でカリフォルニア大学バークレー校ラディエーション・ラボラトリー所長。西暦1,942年9月13日からのマンハッタン計画会議の主催者の1人。西暦1,930年代、ボヘミアングローブで、巨大なサイクロトロンの開発資金の提供を確実に受ける繋がりを築き、其のパイプがローレンスとアメリカを原爆開発への道へ送り込んだ。
  • ロバート・オッペンハイマー カリフォルニア大学バークレー校物理学部正教授。西暦1,942年9月13日からのマンハッタン計画会議の主催者の1人。
  • ジェイムス・コナント 第23代ハーバード大学学長。西暦1,942年9月13日からのマンハッタン計画会議の出席者の1人。
  • ライマン・ブリッグス 第3代NBS(アメリカ国立標準局)局長。西暦1,942年9月13日からのマンハッタン計画会議の出席者の1人。
  • リチャード・ニクソン 第37代アメリカ大統領。西暦1,953年3月19日、副大統領としてハーバート・フーヴァーのボヘミアンクラブ入会40周年式典を主催。西暦1,967年7月、ボヘミアングローブにてロナルド・レーガンと、翌年の次期大統領選の予備選に出馬せず指名候補争いで対峙しない事で合意。西暦1,971年5月13日、「ボヘミアングローブには私も時々行くが、想像を絶するホモ野郎共の集まりである」と発言した。
  • ロナルド・レーガン 第40代アメリカ大統領。西暦1,967年7月、ボヘミアングローブにてリチャード・ニクソンと、翌年の次期大統領選の予備選に出馬せず指名候補争いで対峙しない事で合意。西暦1,975年3月6日、ボヘミアンクラブに入会。西暦1,980年、マザー・ジョーンズ記者リック・クロガーがボヘミアングローブに潜入し、ウィリアム・バックリー・ジュニアのレーガンを大統領候補として支持する閉会講演を暴露した。西暦1,989年7月28日、ボヘミアングローブのアウルズネストキャンプに姿を見せ、翌29日、緑のパラソルの下で講演を行い、メディア規制の強化や議員任期を2年から4年にする事を求める発言を行った。
  • デイヴィッド・ロックフェラー ボヘミアンクラブのメンバー。西暦1,971年5月13日時点でクラブを代表する政府高官・三極委員会・CFR・CED関係者の1人。西暦1,989年7月21日、ボヘミアングローブにてミシェル・ロカールと共にソ連の演説を聞いていた。
  • ヘンリー・キッシンジャー ボヘミアンクラブのメンバー。西暦1,988年7月、ボヘミアンクラブの毎年恒例のキャンプにアメリカ国務長官経験者として参加。西暦1,989年7月16日、列に並んでいた6名を無視して割り込み、妻のナンシー・キッシンジャーに電話を掛けKGBがCIAエージェントを尋問するジョークを話し、ハト派的な一面を見せた。同年7月21日、森林の中の公衆電話の女性に、ミシェル・ロカールがマンダレイと呼ばれるボヘミアングローブ内で最も高級なバンガローでキャンプをしている事等を語った。同年7月23日、ザ・ロー・ジンクスのショー中、ゴム製のヘンリー・キッシンジャーのマスクを被った男が「ザ・ロー・ジンクスは究極の媚薬だ」と述べ、過去の「権力は究極の媚薬だ」発言に因んだ演出が行われた。
  • ジョージ・シュルツ ボヘミアンクラブのメンバー。西暦1,975年2月27日に入会。西暦1,988年7月、ボヘミアンクラブの毎年恒例のキャンプにアメリカ国務長官経験者として参加。西暦1,989年7月21日、ヘンリー・キッシンジャーの話を登山靴を履いて木の下に座りながら聞いた。同年7月23日、ザ・ロー・ジンクスの公演を鑑賞。
  • アレクサンダー・ヘイグ ボヘミアンクラブのメンバー。西暦1,988年7月、ボヘミアンクラブの毎年恒例のキャンプにアメリカ国務長官経験者として参加。
  • ウィリアム・P・ロジャーズ アメリカ国務長官経験者。西暦1,988年7月、ウィリアム・パトリック・クラークの招待によりボヘミアンクラブの毎年恒例のキャンプに参加。
  • ステファン・ベクテル・ジュニア 第3代ベクテル社社長。ボヘミアンクラブのメンバー。西暦1,980年7月、マザー・ジョーンズ記者リック・クロガーの潜入により、電力会社SCE(サザンカリフォルニアエジソン)社の執行委員会委員長と、メディアや公安の目の届かない場所で宿舎を共有していた事が暴露された。
  • ジョージ・H・W・ブッシュ 第41代アメリカ大統領。ボヘミアンクラブのメンバー。西暦1,989年7月15日、ウィリアム・バックリー・ジュニア・フランク・ボーマンとヒルビリーズにてキャンプをしていた。
  • エドワード・テラー 水爆開発者。ボヘミアンクラブのメンバー。西暦1,980年7月、マザー・ジョーンズ記者リック・クロガーの潜入により、ボヘミアングローブで中東に対するソ連の脅威についての講演を行った事が暴露された。
  • ウィリアム・バックリー・ジュニア テレビ番組「ファイアリング ライン」司会者。ボヘミアンクラブのメンバー。西暦1,980年7月、マザー・ジョーンズ記者リック・クロガーの潜入により、ボヘミアングローブでロナルド・レーガンを大統領候補として支持する閉会講演を行った事が暴露された。西暦1,989年7月15日、ジョージ・H・W・ブッシュ・フランク・ボーマンとヒルビリーズにてキャンプをしていた。
  • メアリー・ムーア 西暦1,980年、72の左翼団体と共に反ボヘミアンクラブの団体「ボヘミアングローブ・アクション・ネットワーク」をオクシデンタル(アメリカのカリフォルニア州ソノマ郡)に設立。「アメリカには支配階級が存在する。其れが誰であるかを明らかにする事」を設立目的に掲げ、NWO(新世界秩序)を暴露する運動にも参加した。
  • リック・クロガー 全米進歩財団が発行する時事・社会問題をメインとした評論雑誌「マザー・ジョーンズ」の記者。西暦1,980年7月、従業員の助けを得てボヘミアングローブのキャンプに潜入し、厳重な警備網を掻い潜って4日間を過ごした。其の時に見た演劇「オリンパス」・エドワード・テラーの講演・ウィリアム・バックリー・ジュニアの閉会講演を、マザー・ジョーンズの西暦1,981年8月号に掲載し、ABCイブニングニュースも特別レポートを放映した。
  • ウォルター・クロンカイト ジャーナリスト。西暦1,989年7月15日、ボヘミアングローブのキャンプ「ケアの火葬」にて、梟の顔にホログラムを投影して其の嘴が動いている様に見せる演出で梟の声を担当した。ヒルビリーズにてジョージ・H・W・ブッシュ・ウィリアム・バックリー・ジュニア・フランク・ボーマンとキャンプをしていた。同年7月21日、ヘンリー・キッシンジャーが森林の中の公衆電話で語った、デイヴィッド・ロックフェラー・ドウェイン・アンドレアス・マーヴ・グリフィンとソ連の演説を聞いていたメンバーの1人。
  • ルイス・ボッカルディ AP通信社社長兼CEO。西暦1,989年7月16日、ボヘミアングローブのキャンプにて、西暦1,985年3月16日にイスラーム聖戦シーア派のヒズボラ過激派に拉致された同社の中東担当主任特派員テリー・アンダーソンの窮状について講演を行い、助けを求める嘆願を行なった。
  • ミシェル・ロカール 第11代フランス首相。西暦1,989年7月、ヘンリー・キッシンジャーとマンダレイと呼ばれるボヘミアングローブ内で最も高級なバンガローでキャンプをしていた。同年7月22日、ボヘミアングローブの湖畔の側で講演を行い、新しいヨーロッパ秩序に対するビジネスへの期待について述べた。此の講演はウィリアム・サイモンに影響を与え、同年8月6日のB.A.T.インダストリーズPLC社の買収戦参入に繋がった。
  • ジョン・T・チェイン・ジュニア SAC(アメリカ戦略航空軍団)最高司令官。西暦1,989年7月23日正午過ぎ、ボヘミアングローブにて、ステルス戦略爆撃機B-2の必要性を訴える講演を行い、2,200名が聴講した。
  • ウィリアム・サイモン ボヘミアンクラブのメンバー。西暦1,989年7月22日のミシェル・ロカールの新しいヨーロッパ秩序に対するビジネスへの期待についての講演を聴講し影響を受け、同年8月6日、イギリスのラッキーストライクやケント等の煙草の製造・販売や、金融および保険サービスの提供を行う企業グループの持株会社であるB.A.T.インダストリーズPLC社の買収戦に参入した。
  • デイヴィッド・ガーゲン 第17代アメリカ大統領顧問。ボヘミアンクラブのメンバー。西暦1,971年5月13日時点ではニクソン政権下でレイ・プライス率いるスピーチライティングオフィスのスタッフアシスタントを務めていた。西暦1,993年6月、退会の3日前に毎年恒例のボヘミアングローブのキャンプで裸で走り回らないと宣言した上で、ボヘミアンクラブを退会した。更に、①三極委員会、②ビルダーバーグ会議、③CFR、を含む17の団体からも脱退し、第19代ホワイトハウス報道官ディー・ディー・マイヤーズもガーゲンの後を追って脱退した。

主要な概念・組織

  • ボヘミアンクラブ 西暦1,872年5月17日、サンフランシスコの日刊紙「サンフランシスコ・エグザミナー」の記者5名を中心に、ジャーナリスト・芸術家・ミュージシャンによって設立された、文学・芸術・音楽・演劇を専門とする紳士の社交クラブ。設立後、サンフランシスコを拠点とする実業家に買収され、創設の中心メンバーであった記者5名は追い出された。西暦1,923年に入会待ちリストを導入し、共和党大統領・官僚・大企業CEOが参加し始めた。西暦1,971年時点でアメリカ全土から選ばれた政府高官・三極委員会・CFR・CED関係者を中心とする2,300名程度のメンバーを擁し、アメリカの私有資産の25〜30%・私有企業の資産の60〜70%を保有し、アメリカ政府をも支配していた。
  • ボヘミアングローブ 西暦1,893年、ボヘミアンクラブがモンテリオ(アメリカのカリフォルニア州ソノマ郡)近くに借りた、セコイアが生えている10,927,000㎡のエリア。西暦1,899年にメルビン・サイラス・ミーカーから購入。以降毎年7月に2週間、社交パーティーと称した密会が、ヘリコプターや警備員の厳重な管理の下で非公開で行われ、政治・国際・環境の諸問題に関する議論が交わされた。西暦1,929年のハーバート・フーヴァー大統領就任の頃から共和党大統領の安息の地として機能し始め、秘密主義的となっていった。西暦2,019年、ソノマ郡監督委員会が法執行機関の警備の提供を終了する旨を通達した。
  • ケアの火葬 西暦1,881年、ボヘミアンクラブの共同創設者で書記を務めていたジェームズ・F・ボウマンが制作した儀式作品。フードを被った人間がボートを漕いでボヘミアングローブの人造湖を渡り、人造湖に在る12.192mのミネルヴァの梟像の前で人形を焼く。以降毎年恒例のキャンプの初日の夜に上演される事となった。西暦1,989年7月15日には、梟の顔にホログラムを投影して其の嘴が動いている様に見せる演出が施され、声はジャーナリストのウォルター・クロンカイトが担当した。
  • ミネルヴァの梟像 ボヘミアングローブの人造湖に在る、苔むした石と鉄で出来た12.192mの巨大な梟の像。ケアの火葬の儀式の中心的シンボル。
  • マンハッタン計画 原爆の開発・製造計画。西暦1,941年7月、ボヘミアンクラブの毎年恒例のキャンプにて議論された議題の1つ。西暦1,942年9月13日からボヘミアングローブのクラブハウスにてマンハッタン計画会議が開催され、アーネスト・ローレンス・ロバート・オッペンハイマー・ジェイムス・コナント・ライマン・ブリッグス・アーサー・コンプトン・ケネス・ニコルス等10名が出席した。
  • オールド・ガード ボヘミアンクラブの名誉地位。西暦1,953年3月4日、ハーバート・フーヴァーがオールド・ガードに就任。其の祝賀会の会場には、ニューヨーク市のウォルドーフ・アストリア・ホテルに空輸されたボヘミアングローブのセコイアの枝が装飾に使用された。
  • ボヘミアングローブ・アクション・ネットワーク 西暦1,980年、メアリー・ムーアを始めとする72の左翼団体が、反ボヘミアンクラブの団体としてオクシデンタル(アメリカのカリフォルニア州ソノマ郡)に設立した団体。設立目的として「アメリカには支配階級が存在する。其れが誰であるかを明らかにする事」を掲げ、NWO(新世界秩序)を暴露する運動にも参加。毎年夏にボヘミアンクラブのキャンプの参加者リストを入手し、ボヘミアングローブ批判を繰り広げた。西暦1,984年、フォークソングを歌いながらデモを行ない、50名が逮捕された。
  • マザー・ジョーンズ 全米進歩財団が発行する、時事・社会問題をメインとした評論雑誌。西暦1,980年7月、記者リック・クロガーがボヘミアングローブのキャンプに潜入し、其の内容を西暦1,981年8月号に掲載した。
  • ザ・ロー・ジンクス 長年、ボヘミアングローブのキャンプの中で最も人気のあるエンターテイメントであるミュージカルショー。西暦1,989年7月23日、ピンクオニオンキャンプとケイブマンキャンプの間のフィールドサークルの舞台にて制作費75,000ドルで公演が行われた。此の年のテーマは「彫刻文化」で、登場人物の女性は全て男性が演じており、内容は西暦1,950年代の大学の学芸会レベルのものであった。
  • アウルズネストキャンプ ボヘミアングローブのキャンプの1つ。偽の外扉とS字形の入り口を形成する二重の壁を持ち、内部にはメンバーのみが着れるジャケットに身を包んだシークレットサービスの男性が、巨大な木製の梟像の側に座っていた。至る所に梟像が存在し、バーには頭が巧みに傾いた梟が描かれた銀のアイスバケットが在った。西暦1,989年7月28日、ロナルド・レーガン・俳優エディ・アルバート・ハリー・グレイ・ロバート・D・ケネディが集った。
  • シティクラブ サンフランシスコ中心部に在る5階建てのレンガ造りのボヘミアンクラブの建物。其のカーペットから切り取られた豪華な模様のスクエアが、ロシアン川のビーチの砂浜の被覆に使用された。
  • サンフランシスコ・エグザミナー サンフランシスコの日刊紙。西暦1,872年5月17日、其の記者5名を中心にボヘミアンクラブが設立された。
  • 三極委員会 ボヘミアンクラブのメンバーが多数所属する組織。西暦1,993年6月、デイヴィッド・ガーゲンがボヘミアンクラブ退会と同時に脱退した17の団体の1つ。
  • ビルダーバーグ会議 ボヘミアンクラブのメンバーが多数所属する組織。西暦1,993年6月、デイヴィッド・ガーゲンがボヘミアンクラブ退会と同時に脱退した17の団体の1つ。
  • CFR 外交問題評議会。ボヘミアンクラブのメンバーが多数所属する組織。西暦1,993年6月、デイヴィッド・ガーゲンがボヘミアンクラブ退会と同時に脱退した17の団体の1つ。
  • NWO(新世界秩序) ボヘミアングローブ・アクション・ネットワークが暴露する運動に参加していた構想。
  • ニクソンのホモ野郎共発言 西暦1,971年5月13日、リチャード・ニクソンがサンフランシスコの上流階級の人間に就いて「ボヘミアングローブには私も時々行くが、想像を絶するホモ野郎共の集まりである」と発言した。
  • 公然放尿判決 西暦1,981年1月、カリフォルニア州公正雇用住宅局のボヘミアンクラブ告訴の件に関し、行政法判事が「ボヘミアンクラブの会員はトイレを使わずに公然と放尿している為、女性が居る事で会員の行動が変わってしまう」事を理由に、ボヘミアンクラブを支持する決定を下した判決。
  • 神の審判発言 西暦2,019年、ソノマ郡監督委員会がボヘミアンクラブに対し「本年を以って法執行機関の警備の提供を終了する」と通達した事件は、147年に亙る秘密主義の終焉を象徴した。

サンフランシスコ・エグザミナー記者5名を中心とするボヘミアンクラブ設立、ヘンリー・ハリー・エドワーズ壮行会とセコイアの森でのキャンプ開始、ジェームズ・F・ボウマン制作の儀式作品「ケアの火葬」上演開始、モンテリオでのボヘミアングローブ命名と非公開密会開始、ハーバート・フーヴァー入会、入会待ちリスト導入、フーヴァー大統領就任とボヘミアングローブ秘密主義化、毎年恒例キャンプでの日本に対する経済封鎖強化・中華民国軍事支援・マンハッタン計画議論、アーネスト・ローレンス・ロバート・オッペンハイマー出席のマンハッタン計画会議、フーヴァー オールド・ガード就任、レーガン・ニクソン合意、ニクソンのホモ野郎共発言と2,300名規模のエリートクラブ化、デイヴィッド・ロックフェラー・ヘンリー・キッシンジャー・ジョージ・シュルツ・アレクサンダー・ヘイグ・ジョージ・H・W・ブッシュ・ディック・チェイニー集結、シュルツ・レーガン入会、カリフォルニア州公正雇用住宅局による女性雇用拒否差別告訴、ボヘミアングローブ・アクション・ネットワーク設立とNWO暴露運動、マザー・ジョーンズ記者リック・クロガー潜入とエドワード・テラー講演・バックリー・ジュニア閉会講演暴露、行政法判事の公然放尿理由ボヘミアンクラブ支持判決、カリフォルニア州控訴裁判所の女性雇用禁止規則無効判決、酒類販売許可取消請求、ロジャーズ・キッシンジャー・ヘイグ・シュルツ国務長官経験者集結、クロンカイト声担当ケアの火葬・ボッカルディのアンダーソン拉致講演・キッシンジャーKGBジョーク・ロカール新ヨーロッパ秩序講演・チェイン・ジュニアのB-2講演・ザ・ロー・ジンクス公演・レーガン講演、サイモンB.A.T.インダストリーズ買収戦参入、ガーゲン退会と三極委員会・ビルダーバーグ会議・CFR脱退、ソノマ郡監督委員会法執行機関警備提供終了通達迄──
サンフランシスコの紳士社交クラブから始まり、アメリカ大統領・官僚・大企業CEO・三極委員会・CFR・CED関係者2,300名を擁し、アメリカの私有資産25〜30%・私有企業資産60〜70%を保有してアメリカ政府をも支配したボヘミアンクラブの147年間の系譜を年月日単位で追跡した一冊。

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石田晋一

歴史データベース「一元化」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
YouTubeとニコニコでも情報を発信中。