電子書籍「河岡義裕とロン・フーシェのH5N1・H7N9鳥インフルエンザウイルス研究一元化」の表紙

河岡義裕とロン・フーシェの
H5N1・H7N9
鳥インフルエンザウイルス
研究一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦2,005年〜2,020年2月10日
ページ数
16ページ
文字数
11,933字
最新更新日
西暦2,026年8月19日

鳥のウイルスは、如何にして哺乳類の間を空気で渡ったのか──
河岡義裕とロン・フーシェの機能獲得研究、十六年を一元化。

339円(税込)

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皇室献上品 高級トイレットペーパー
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本書について

西暦2,005年、河岡義裕は、其の年に存在していた鳥インフルエンザウイルスの中から、西暦1,918年に流行したスペイン風邪のH1N1ウイルスと略同一のタンパク質を生成する版を特定し、其れ等の遺伝子配列を継ぎ合わせて、パッチワーク状のウイルス株を作り上げた。西暦1,918年型と遺伝的に似たウイルスである。フェレットで試すと、西暦1,918年型程には重症化させなかったものの、対照として使われた季節性ウイルスよりは重い症状を引き起こした。感染したフェレットと健康なフェレットを隣り合わせのケージに入れ、どの遺伝子配列が感染拡大を引き起こすのかを特定する手法により、河岡は西暦1,918年に近い症状を示す条件を発見し、最終的に10種類の変異を突き止める。本書は、此処から西暦2,020年2月迄の十六年を、年月日単位で一元化した記録である。

西暦2,008年、ウィスコンシン大学マディソン校の郊外に、河岡義裕の研究を推進する為の「インフルエンザ研究所」が設立される。建設費用は12,500,000ドル。45.72cmの鉄筋コンクリートの外壁に囲まれたBSL-3-Ag(農業)ラボの冷凍庫には、-80℃の環境下で、2mlのバイアルに収められた西暦1,918年のスペイン風邪の再現H1N1ウイルスが保管された。ラボは負圧で、気密と防水のシール・2重HEPAフィルターの排気システム・冗長空気処理システムを備え、入室にはエアロック式の潜水艦型の扉から始まる一連の部屋を通らねばならない。研究所内には500台以上の警報装置が設置され、侵入者が有れば24時間体制の安全要員とキャンパス警察に警報が飛ぶ。入る者は全ての衣服を脱ぎ、専用のスクラブとシューカバー、タイベック製のジャンプスーツ、エアフィルターを装備したフード付き呼吸器、2組の使い捨て手袋を身に着け、退出時には所定の順序で脱衣して石鹸と水で5分間シャワーを浴びる。翌西暦2,009年11月19日、同校がビル&メリンダ・ゲイツ財団から5年間で9,500,000ドルの助成金を受領する事が公表された。パンデミックインフルエンザの早期警告に役立つウイルス変異の特定——其の名目の下、主任研究者に就いたのが河岡義裕である。

西暦2,011年8月、二つの論文が科学誌上に現れる。河岡義裕はネイチャー誌に、オランダのエラスムス医療センター教授ロン・フーシェはサイエンス誌に、致死的な鳥インフルエンザH5N1亜型ウイルスを、フェレット間で空気感染する様に改変した事を各々公表した。数個の遺伝子変異で足りる、という内容である。機能獲得研究の支持者は、感染経路をより良く理解しパンデミックに備える為に役立つと主張したが、哺乳類の間で容易に伝播する様にした事は、其の儘、人間にも感染し得る事を意味した。資金を出していたのは、第23代NIH所長フランシス・S・コリンズとアンソニー・ファウチである。同年12月20日、アメリカ政府はNSABB(アメリカバイオセキュリティ国家科学諮問委員会)の助言を容れ、実施方法の詳細を伏せた形での発表を求めた。両名と両誌は、必要に応じてデータを共有する方法を採るという条件で、渋々同意する。

西暦2,012年1月20日、両名を含むインフルエンザウイルスの研究者39名が、研究を60日間中断すると発表する。2月16日からの2日間、WHOは研究者と政策実務者を招集し、前年8月の論文は全文公開すべきという結論に至った。3月29日からの2日間、NSABBは改訂版を審議し、河岡の改訂版は満場一致で、フーシェの改訂版は12対6で、全文公開が推奨される。4月13日、其の会議の議題を非難する書簡が漏洩し、NSABBメンバーのマイケル・オスターホルムは、議題が委員会に圧力を掛ける様に設計されていた事を示唆した。5月2日、河岡の再集合H5 HA/H1N1ウイルスの論文がネイチャー誌に掲載される。ヘマグルチニンを4個変異させたH5 HAと、西暦2,009年に軽度のパンデミックを引き起こしたヒトH1N1の残り7つの遺伝子セグメントを融合したもので、フェレットは実際に飛沫感染し、ヒト型受容体を優先的に認識して体内で効率的に複製され、肺病変と体重減少を引き起こした。6月22日にはフーシェの論文がサイエンス誌に掲載される。部位特異的変異導入とフェレットに於ける連続継代を通じて、A(H5N1)は中間宿主での組み換え無しに哺乳類間の空気感染能力を獲得した——即ち、人間のインフルエンザパンデミックのリスクとなった。同年10月、自主的な研究の中断は解除される。

西暦2,013年11月16日18:30頃、ウィスコンシン大学マディソン校で、河岡の研究チームの一員が、遺伝子操作されたH5N1が付着した針で誤って指を刺す。ウィスコンシン州保健局の主任医務官は、7日間の隔離と10日間のタミフル服用を求めた。研究所の職員は研究者の家族に荷物を纏めてホテルへ行く様に伝え、負傷した研究者は自宅で隔離される。学内に緊急事態用の隔離施設が無い事を知って、NIHの職員は驚いた。河岡は其の半年前、学内に隔離用のアパートが在るとNIHに虚偽の説明をしていたのである。NIHバイオテクノロジー活動局代理所長ジャクリーン・コリガン・キューレイは、申請時に伝えられた内容と異なるという主旨の書簡を同校へ送り、助成金の停止又は打ち切りにも言及した。同校は、病院の隔離室に閉じ込められる事を恐れた研究者が暴露の報告を躊躇うかも知れない、情報の拡散を制御し難くなり誤情報がメディアに伝わる可能性が高まる、と抵抗したが、12月24日、最終的にNIHの要求を飲み、同日、哺乳類に感染するH5N1を操作する研究の再開が承認された。

西暦2,014年6月11日、河岡は、西暦1,918年のウイルスと数アミノ酸しか異ならない高い相同性を持つウイルスを生成し、其れがマウスとフェレットに於いて西暦1,918年型よりも高い病原性を示したとする論文を、セル・ホスト&マイクローブ誌に寄稿する。イギリスのガーディアン誌は「狂気で危険な」創造を非難する記事を掲げ、元イギリス政府主席科学顧問ロバート・メイや、パスツール研究所の分子レトロウイルス学教授サイモン・ウェイン・ホブソンが口を揃えて非難した。同年10月、アメリカ科学技術政策局は、機能獲得研究と新たな資金提供の一時停止を発表する。西暦2,017年10月19日、河岡等は、人間から分離された高病原性A(H7N9)が、呼吸器飛沫を介して感染した一部のフェレットにとって致命的であるとする論文を公開した。西暦2,019年、一時停止の一部が、公表されぬ儘に解除される。河岡のH5N1研究も再開を承認された。そして同年12月9日、インフルエンザ研究所のBSL-3-Agラボで、遺伝子操作ウイルスを扱う実験の最中に、訓練中の研究者のPAPR(動力式空気清浄呼吸器)のホースが外れ、汚染された空気の中でぶら下がる事故が起きる。同校はNIHとCDCには即座に報告したが、アメリカ公衆衛生局や監視機関へは報告せず、隠蔽が行われた。其の報告が同校のバイオセーフティ委員会とNIHの科学政策局へ届くのは、西暦2,020年2月の事であった。


登場人物

  • 河岡義裕 本書の中心人物。ウィスコンシン大学マディソン校のウイルス学者。西暦2,005年に西暦1,918年型H1N1と遺伝的に似たウイルス株を作成し、西暦2,008年設立のインフルエンザ研究所を拠点として、西暦2,011年8月にはH5N1亜型ウイルスをフェレット間で空気感染する様に改変した事をネイチャー誌に公表した。ビル&メリンダ・ゲイツ財団の助成金では主任研究者を務め、西暦2,017年には高病原性A(H7N9)の飛沫感染実験を発表している。
  • ロン・フーシェ オランダの南ホラント州ロッテルダムに在るエラスムス医療センターの教授。西暦2,011年8月、河岡義裕と同時期に、H5N1亜型ウイルスをフェレット間で空気感染する様に改変した事をサイエンス誌に公表した。西暦2,012年2月29日の科学者会議では、自分の研究室で作ったウイルスはフェレットに致命的では無いとして、研究が誤解されていると述べている。
  • アンソニー・ファウチ 河岡義裕とロン・フーシェのH5N1機能獲得研究に資金提供を行っていた2名の内の1人。西暦2,012年2月29日には、NIHがNSABBに対し研究の再検討を求めている。
  • フランシス・S・コリンズ 第23代NIH所長。アンソニー・ファウチと共に、西暦2,011年8月に公表された河岡義裕とロン・フーシェのH5N1機能獲得研究へ資金提供を行っていた。
  • マイケル・オスターホルム NSABBのメンバー。西暦2,012年3月29日から2日間開かれた会議の議題を非難する書簡が同年4月13日に漏洩した際、其の議題がNSABBに圧力を掛ける様に設計されていた事を示唆した。
  • ロバート・メイ 元イギリス政府主席科学顧問。西暦2,014年、ガーディアン誌の記事に於いて、サイモン・ウェイン・ホブソンと共に河岡義裕の研究を「狂気だ」と非難した。
  • サイモン・ウェイン・ホブソン パリのパスツール研究所の分子レトロウイルス学教授。西暦2,014年、ロバート・メイと共に、河岡義裕による西暦1,918年型に近いウイルスの生成を強く非難した。
  • スタンレー・プロトキン ペンシルベニア大学ウイルス学名誉教授。西暦2,014年7月7日のインディペンデント誌にて、河岡義裕が作成した免疫回避型H1N1変異株の危険性と、其の研究施設のバイオセキュリティーレベルの低さを指摘した。実験室で変異させたウイルスが自然界で起こり得る事と関連するのかは未解決であるとも述べている。
  • ジャクリーン・コリガン・キューレイ NIHバイオテクノロジー活動局代理所長。西暦2,013年11月の針刺し事故の後、隔離施設に関する運用が、河岡義裕の申請時に伝えられた内容と異なるという主旨の書簡を、ウィスコンシン大学マディソン校へ送った。
  • 陳華蘭 中国国立鳥インフルエンザリファレンス研究室所長。西暦2,013年5月、哈爾濱獣医研究所のBSL3+研究室にて、西暦2,009年のヒトH1N1とH5N1が同じ細胞に感染した場合の実験結果を発表し、特定の遺伝子が再集合した場合にH5N1が齧歯類へ容易に伝播する事を確認した。

主要な機関・概念

  • 機能獲得研究 病原体に、伝染性・宿主域・薬剤耐性・病原性等の新たな機能を与える研究。支持者はパンデミックへの備えに資すると主張し、反対者は実験室からの漏出による災害を懸念する。西暦2,014年10月にアメリカ科学技術政策局が一時停止を発表し、西暦2,019年に一部が公表されぬ儘解除された。
  • インフルエンザ研究所 西暦2,008年、河岡義裕の研究を推進する為にウィスコンシン大学マディソン校の郊外へ設立された施設。建設費用12,500,000ドルは同校とウィスコンシン州が拠出した。45.72cmの鉄筋コンクリートの外壁に囲まれたBSL-3-Ag(農業)ラボを持ち、-80℃の冷凍庫に西暦1,918年型H1N1が保管された。
  • BSL-3-Ag(農業)ラボ 負圧・気密と防水のシール・2重HEPAフィルターの排気システム・冗長空気処理システムを備えた区画。エアロック式の潜水艦型の扉から始まる一連の部屋を通って入り、500台以上の警報装置が監視する。退出時には所定の順序で脱衣し、石鹸と水で5分間シャワーを浴びる必要が有った。
  • NSABB アメリカバイオセキュリティ国家科学諮問委員会。西暦2,011年8月の河岡義裕とロン・フーシェの寄稿に対し、情報の悪用を懸念して内容の一部削除を勧告した。西暦2,012年3月29日からの審議では、河岡の改訂版を満場一致で、フーシェの改訂版を12対6で、全文公開すべきと推奨している。
  • ビル&メリンダ・ゲイツ財団 西暦2,009年11月19日、パンデミックインフルエンザウイルスの早期警告に役立つウイルス変異の特定という名目で、ウィスコンシン大学マディソン校へ5年間で9,500,000ドルの助成金を拠出する事が公表された。主任研究者は河岡義裕であった。
  • H5N1亜型ウイルス 高病原性の鳥インフルエンザウイルス。人間への感染は比較的稀で人から人へは感染しないが、其れは上気道の多くの細胞を解錠する正しい鍵が無い為であると、西暦2,006年3月22日にネイチャー誌上で示された。西暦2,011年、数個の遺伝子変異でフェレット間の空気感染が発生する事が示された。
  • A(H7N9)鳥インフルエンザウイルス 西暦2,013年3月29日、中国疾病予防管理センターが人間への感染の初報告例を確認した。低病原性から高病原性へと進化し、西暦2,017年7月下旬迄に約1,600名が陽性となり、其の約40%が死亡した。河岡等は同年10月19日、高病原性株が呼吸器飛沫を介してフェレットを死に至らしめる事を確認している。
  • 西暦1,918年型H1N1の再現ウイルス 西暦2,005年に河岡義裕が、当時存在した鳥インフルエンザウイルスの遺伝子配列を組み合わせて作成した、スペイン風邪と遺伝的に似たウイルス株。西暦2,014年6月11日には、数アミノ酸しか異ならず、マウスとフェレットに於いて西暦1,918年型より高い病原性を示す版が作られた。
  • ウィスコンシン大学の針刺し事故 西暦2,013年11月16日18:30頃、河岡義裕の研究チームの一員が、遺伝子操作されたH5N1が付着した針で指を刺した事故。7日間の隔離と10日間のタミフル服用が求められ、学内に隔離施設が無い事が発覚した。研究者は発症せず隔離を完了している。
  • PAPR(動力式空気清浄呼吸器) ラボの空気を吸い込まない為の個人用防護具。ベルトに取り付けた送風機がチューブを通してフードへ清浄な空気を送る。西暦2,019年12月9日、訓練中の研究者の此のホースが外れ、汚染された空気中でぶら下がる事故が起きた。

機能獲得研究、NSABBの論争、資金の出所、そして事故と隠蔽──
西暦2,005年から2,020年迄の全軌跡を一元化。

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AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「トキジク」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
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