ロスチャイルド利権 バクー油田一元化
ロシア帝国のバクーでの最初の油井噴出、ロバート・ノーベルのビビ・エイバート油田及び製油所購入による石油事業開始、バラハニ油田購入、ピーター・フォン・ビルダーリング男爵・スタンダートスキョルド男爵共同出資のバクー石油蒸留所設立、ルートヴィヒ・ノーベルの石油事業参加と15kmパイプライン敷設及び世界初の石油タンカー船ゾロアスター号発注・完成、ロバート・ノーベル及びルートヴィヒ・ノーベルによるノーベル兄弟産油会社設立、フランス・ロスチャイルド商会出資のトランスコーカサス鉄道完成、アルフォンス・ド・ロスチャイルドのカスピ海・黒海石油産業貿易会社設立と6,000,000ルーブル・25,000,000フラン初期資本納付及びロシア灯油最大輸出業者化、ノーベル家・ロスチャイルド家協力体制、サミュエル商会とブニトのロシア灯油独占販売契約、アルフォンス・ド・ロスチャイルドのマズット貿易・輸送会社設立とカスピ海最大の石油輸出組合化、ヨシフ・スターリンのロシア社会民主労働党トビリシ委員会委員選出とフランス・ロスチャイルド商会経営製油所雇用及び2度の労働者ストライキ共謀と13名死亡デモ事件、シェル運輸貿易会社のオランダ領東インド石油開発会社提携、モスクワ石油工業会のフランス・ロスチャイルド商会バックアップによるグロズヌイ・クバーニ地方・マイコープ油田探査、ヨシフ・スターリン逮捕とバトゥミ監獄収容、ロバート・ノーベル・イマヌエル・ノーベルとマズット貿易・輸送会社のノブマズットカルテル協定締結、ヨシフ・スターリン東シベリア流刑宣告と脱走失敗及び再脱走成功とプロレタリアティス・ブルゾラ共同編集、バクー油田労働者1日14〜16時間労働常態化に対するストライキ実行と12項目要求並びに労働時間8〜9時間化・給与引き上げ・月4日有給休暇導入勝ち取り迄──
ノーベル兄弟産油会社とフランス・ロスチャイルド商会によるバクー油田支配と協力体制、ロシア帝国石油産業の構造、そしてフランス・ロスチャイルド商会経営製油所での若き日のヨシフ・スターリンの労働運動を年月日単位で追跡した一冊。
JPY 200(税込)
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本書について
西暦1,873年、ロシア帝国のバクー(現在のアゼルバイジャン)で最初の油井が噴出した。同年3月、ロバート・ノーベルがバクーを訪れ、ビビ・エイバート油田及び当地の製油所を購入し、石油事業を開始した。西暦1,875年、ロバート・ノーベルがバラハニ油田を購入した。西暦1,876年、①ロバート・ノーベル(25,000ルーブル)、②ピーター・フォン・ビルダーリング男爵(300,000ルーブル)、③スタンダートスキョルド男爵(150,000ルーブル)、の3名の共同出資によりバクーに石油の蒸留所が設立された。同年、ロバートの弟ルートヴィヒ・ノーベルが石油事業に参加した。ルートヴィヒは、石油生産でなく石油輸送に着目し、バラハニ油田から製油所までの15kmに及ぶパイプラインを敷設した。又、船倉にタンクを作り直接石油を詰め込む「タンカー」という輸送手段を考案し、スウェーデンの造船会社に発注した。西暦1,878年、ルートヴィヒ・ノーベルが発注した、世界初の石油タンカー船「ゾロアスター号」が完成した。西暦1,879年5月18日、ロバート・ノーベルが、自身が西暦1,876年にバクーに設立した蒸留所を基に、ルートヴィヒ・ノーベルと共に「ノーベル兄弟産油会社」をサンクトペテルブルクに本社を置く持株会社として設立した。株式資本は、①ルートヴィヒ・ノーベル53.7%、②ピーター・フォン・ビルダーリング男爵31%、③I.J.ザベルスキフ4.7%、④アルフレッド・ノーベル3.8%、⑤ロバート・ノーベル3.3%、⑥アレクサンドル・フォン・ビルダーリング男爵1.7%、と分割された。
西暦1,883年、フランス・ロスチャイルド商会が出資していた、バクーからコーカサス山中を縦断しバトゥミ(現在のジョージア)に至る「トランスコーカサス鉄道」が完成した。其の後アルフォンス・ド・ロスチャイルド・ハジ・ゼイナラブディン・タギエフ・ムサ・ナギエフ・イワン・イリモフ・アレクサンダー・ベンケンドルフ・S・バギロフ等により、バクー-バトゥミ間の石油パイプライン設置が検討され始めた。同年5月16日、アルフォンス・ド・ロスチャイルドがトランスコーカサス鉄道に対する融資と引き換えにバクーの石油権益を獲得し「カスピ海・黒海石油産業貿易会社」を設立した。6,000,000ルーブルと25,000,000フランの初期資本をロシア帝国の金庫に納め、アドリア海沿岸の自らの製油所に石油を送り始めた。又、135社の中小企業の小規模製油業者と互いに有利な条件で灯油を買い取り、ロシア灯油の最大輸出業者となり、①バクー→アントウェルペン(ベルギー)(石油汽船ファーガソン号で輸送)、②バクー→ロンドン、の輸送ルートを構築し、ヨーロッパでの販売網の整備を進めた。又、①バクー、②パリ、③サンクトペテルブルク、の3箇所で石油に関する情報を収集し、其の知識を基に、ロシア帝国内の石油生産の変化に迅速に対応する事により、①バクー、②グロズヌイ(現在のロシア)、③マイコープ(現在のロシア)、④トルクメニスタン、で確固たる地位を築いた。西暦1,884年、フランス・ロスチャイルド商会が此の年、バクーから39,312tの石油製品を輸出した。西暦1,887年、カスピ海・黒海石油産業貿易会社が、自社の石油製品の輸出と共に、ロシア帝国の石油会社約50社の灯油の委託販売を開始した。更に同社は此の年、トランスコーカサス鉄道に300両の自社製タンク貨車を納入し、追加で1,500両を納入する為に、中小企業の小規模製油業者各社に、5年以内に年利6%の返済を条件に2,000,000ルーブルを貸し付けた。西暦1,888年12月、灯油を積載した3,932台のトランスコーカサス鉄道の貨車の内、1,800台をフランス・ロスチャイルド商会がバトゥミで受け取り、同月末時点で同年の灯油輸出量は262,080tに達した。西暦1,889年、フランス・ロスチャイルド商会が此の年、バクーから491,400tの石油製品を輸出し、西暦1,884年比12.5倍となった。
西暦1,890年、バクー油田に存在する約144の製油工場で扱われていた軽質原油の総量835,380tの内、3/4を13工場だけで生産し、その内①ノーベル兄弟産油会社が293,202t、②フランス・ロスチャイルド商会が76,986tを占め、ノーベル家とロスチャイルド家は協力して石油を売り捌いて行った。西暦1,891年、サミュエル商会が、フランス・ロスチャイルド商会系石油販売会社のブニトと西暦1,900年迄のロシア灯油の独占販売契約を締結した。西暦1,893年、バクー油田の製油所が69基となった。西暦1,898年、アルフォンス・ド・ロスチャイルドが「マズット貿易・輸送会社」を設立し、カスピ海・黒海石油産業貿易会社の支店、①ニジニ・ノヴゴロド、②サマーラ、③ツァリーツィン、④アストラハン、⑤リガ、⑥ヴィーツェプスク、⑦ワルシャワ、に石油製品の納入を開始した。其の後カスピ海だけで13隻のタンカーを保有する最大の石油輸出組合へと成長した。西暦1,899年4月迄にニジニ・ノヴゴロドの石油貯蔵倉庫に145,782tの石油が保管されており、主な保管者は①ノーベル兄弟産油会社48,484.8t、②マズット貿易・輸送会社47,502tであった。西暦1,900年、ロシア帝国内の全石油工場の約10%に当たる7系列が、灯油の累積総生産量である368,550,000tの約68%を占め、其の内訳は①ノーベル兄弟産油会社175,266,000t、②カスピ海協会57,330t、③資産家ハジ・ゼイナラブディン・タギエフ39,312t、④バクー石油会社27,846t、⑤アルフォンス・ド・ロスチャイルド24,570t、⑥ムサ・ナギエフ24,570t、⑦シャムシ・アサドゥラエフ19,656tであった。西暦1,901年6月、ロシア帝国の石油生産量の分布は①ノーベル兄弟産油会社93,366t、②カスピ海・黒海石油産業貿易会社63,882t、③バクー石油協会55,692tであった。
西暦1,901年11月、ヨシフ・スターリンが、マルクス主義政党であるロシア社会民主労働党のトビリシ(現在のジョージア)委員会委員に選出された。同月、ヨシフ・スターリンがバトゥミに入り、其の後フランス・ロスチャイルド商会が経営する製油所で雇用され、2度労働者ストライキを共謀して実行した。ストライキを首謀者の内数名が逮捕された後、スターリンは大規模な抗議デモを組織したが、デモ隊が監獄を襲撃した事でロシア帝国軍がデモ参加者に発砲し、13名が死亡した。其の犠牲者達の葬儀の当日、スターリンは再度抗議デモを実行した。同年12月、シェル運輸貿易会社が、スタンダード・オイルとの提携交渉を打ち切り、オランダ領東インド石油開発会社と提携した。西暦1,902年、モスクワ石油工業会が、フランス・ロスチャイルド商会のバックアップにより、①グロズヌイ、②クバーニ地方(現在のロシア・ウクライナ)、③マイコープ、での油田探査・開発を行った。同年4月、ヨシフ・スターリンがロシア帝国当局により逮捕されバトゥミ監獄に収容され、其の後クタイシ(現在のジョージアのイメレティ州)監獄に移った。西暦1,903年、ロバート・ノーベルと、ルートヴィヒ・ノーベルの息子イマヌエル・ノーベルが、マズット貿易・輸送会社と、ロシア帝国の石油の国外輸出に関する「ノブマズット」と呼ばれるカルテル協定を結んだ。同年6月、ヨシフ・スターリンが、ロシア帝国当局により3年間の東シベリアへの流刑が宣告された。同年10月、ヨシフ・スターリンがバトゥミを出発し、同年11月30日、ノヴァヤ・ウダ(現在のロシアのイルクーツク州)に到着した。其の後脱走を試みるが、バラガンスク(現在のロシアのイルクーツク州)で凍傷に遭った為引き返し、失敗に終わった。
西暦1,904年1月、ヨシフ・スターリンが再度脱走を試み、成功してトビリシに帰還した。其の後ロシア社会民主労働党党員のフィリップ・マハラゼと共に同党の機関紙である「プロレタリアティス・ブルゾラ」の共同編集を行った。同年12月26日、バクー油田の労働者が、ストライキを起こした。1日14〜16時間の労働が常態化していた中で、主な要求は、①労働者組合・言論の自由、②組合・ストライキの自由、③信仰と国籍の区別なく、ロシア全土の代表者からのロシア憲法、④制定議会の即時召集、⑤日曜日の休業、⑥サービス残業の禁止、⑦掘削隊の労働者・給油者・同伴者の為の3シフト制の即時導入、⑧全ての労働者に対して、6ヶ月毎に賃金を強制的に引き上げる、⑨休日の給与の支払、⑩会社側の抑圧によって引き起こされた、労働者の不在又はストライキ等の会社側の過失による欠勤・並びにデモ及び5/1(祝日)は通常の賃金で全額支払う、⑪労働者の同意がある場合にのみ労働者を解雇、⑫罰金の禁止、の12項目であった。西暦1,905年1月13日、バクー油田の労働者のストライキが終了した。交渉の結果、①夜勤と掘削隊の労働時間を8時間とする、②其れ以外の労働者の労働時間を9時間とする、③給与の80カペイカから1ルーブルへの引き上げ、④月4日の有給休暇の導入、という条件を勝ち取った。本書は、此の32年に亘る、ロシア帝国のバクーでの最初の油井噴出を起点とする、ノーベル兄弟産油会社の設立とアルフォンス・ド・ロスチャイルドのカスピ海・黒海石油産業貿易会社・マズット貿易・輸送会社設立、世界初の石油タンカー船ゾロアスター号、トランスコーカサス鉄道とノブマズットカルテル協定、ノーベル家とロスチャイルド家の協力体制、シェル運輸貿易会社の動向、若き日のヨシフ・スターリンのフランス・ロスチャイルド商会経営製油所での労働運動と東シベリア流刑、そしてバクー油田労働者ストライキの12項目要求と労働時間短縮・給与引き上げ勝ち取り迄、バクー油田を巡るノーベル家とロスチャイルド家の利権争いと労働者運動の系譜の全過程を、年月日単位で記録した年表である。
登場人物
- ロバート・ノーベル ノーベル兄弟の長兄。西暦1,873年3月にバクーを訪れ、ビビ・エイバート油田及び製油所を購入し、石油事業を開始。西暦1,875年にバラハニ油田を購入。西暦1,876年、ピーター・フォン・ビルダーリング男爵・スタンダートスキョルド男爵と共に25,000ルーブルを出資しバクーに石油の蒸留所を設立。西暦1,879年5月18日、弟ルートヴィヒ・ノーベルと共にサンクトペテルブルクに本社を置く「ノーベル兄弟産油会社」を持株会社として設立し、3.3%の株式資本を保有。西暦1,903年、ルートヴィヒの息子イマヌエル・ノーベルと共にマズット貿易・輸送会社とノブマズットカルテル協定を締結した。
- ルートヴィヒ・ノーベル ロバート・ノーベルの弟。西暦1,876年、石油事業に参加。石油生産でなく石油輸送に着目し、バラハニ油田から製油所までの15kmに及ぶパイプラインを敷設。又、船倉にタンクを作り直接石油を詰め込む「タンカー」という輸送手段を考案し、スウェーデンの造船会社に発注した。西暦1,878年、世界初の石油タンカー船「ゾロアスター号」が完成。西暦1,879年5月18日、ロバートと共にノーベル兄弟産油会社を設立し、53.7%の最大株主となった。
- アルフレッド・ノーベル ロバート・ノーベル及びルートヴィヒ・ノーベルの弟。西暦1,879年5月18日のノーベル兄弟産油会社設立時に3.8%の株式資本を保有した。
- イマヌエル・ノーベル ルートヴィヒ・ノーベルの息子。西暦1,903年、伯父ロバート・ノーベルと共にマズット貿易・輸送会社とロシア帝国の石油の国外輸出に関するノブマズットカルテル協定を締結した。
- ピーター・フォン・ビルダーリング男爵 西暦1,876年、ロバート・ノーベル・スタンダートスキョルド男爵と共に300,000ルーブルを出資し、バクーに石油の蒸留所を設立。西暦1,879年5月18日のノーベル兄弟産油会社設立時に31%の株式資本を保有し、ノーベル家の弟2人を除く最大株主の1人となった。
- スタンダートスキョルド男爵 西暦1,876年、ロバート・ノーベル・ピーター・フォン・ビルダーリング男爵と共に150,000ルーブルを出資し、バクーに石油の蒸留所を設立した。
- I.J.ザベルスキフ 西暦1,879年5月18日のノーベル兄弟産油会社設立時に4.7%の株式資本を保有した。
- アレクサンドル・フォン・ビルダーリング男爵 西暦1,879年5月18日のノーベル兄弟産油会社設立時に1.7%の株式資本を保有した。
- アルフォンス・ド・ロスチャイルド フランス・ロスチャイルド商会。西暦1,883年5月16日、出資していたバクー-バトゥミ間のトランスコーカサス鉄道完成後、其の融資と引き換えにバクーの石油権益を獲得し「カスピ海・黒海石油産業貿易会社」を設立。6,000,000ルーブルと25,000,000フランの初期資本をロシア帝国の金庫に納め、アドリア海沿岸の製油所に石油を送り、135社の中小製油業者から灯油を買い取りロシア灯油の最大輸出業者となった。西暦1,898年、「マズット貿易・輸送会社」を設立し、カスピ海だけで13隻のタンカーを保有する最大の石油輸出組合へと成長させた。西暦1,900年、ロシア帝国内の灯油生産量24,570tを記録。
- ハジ・ゼイナラブディン・タギエフ バクーの資産家。西暦1,883年のトランスコーカサス鉄道完成後、アルフォンス・ド・ロスチャイルド等と共にバクー-バトゥミ間の石油パイプライン設置を検討。西暦1,900年、ロシア帝国内の灯油生産量39,312tを記録し、ロシア帝国内全石油工場の上位7系列の1つとなった。
- ムサ・ナギエフ 西暦1,883年のトランスコーカサス鉄道完成後、アルフォンス・ド・ロスチャイルド等と共にバクー-バトゥミ間の石油パイプライン設置を検討。西暦1,900年、ロシア帝国内の灯油生産量24,570tを記録し、ロシア帝国内全石油工場の上位7系列の1つとなった。
- イワン・イリモフ 西暦1,883年のトランスコーカサス鉄道完成後、アルフォンス・ド・ロスチャイルド等と共にバクー-バトゥミ間の石油パイプライン設置を検討した1人。
- アレクサンダー・ベンケンドルフ 西暦1,883年のトランスコーカサス鉄道完成後、アルフォンス・ド・ロスチャイルド等と共にバクー-バトゥミ間の石油パイプライン設置を検討した1人。
- S・バギロフ 西暦1,883年のトランスコーカサス鉄道完成後、アルフォンス・ド・ロスチャイルド等と共にバクー-バトゥミ間の石油パイプライン設置を検討した1人。
- シャムシ・アサドゥラエフ 西暦1,900年、ロシア帝国内の灯油生産量19,656tを記録し、ロシア帝国内全石油工場の上位7系列の1つとなった。
- ヨシフ・スターリン 後のソ連最高指導者。西暦1,901年11月、マルクス主義政党であるロシア社会民主労働党のトビリシ委員会委員に選出。同月バトゥミに入り、フランス・ロスチャイルド商会が経営する製油所で雇用され、2度労働者ストライキを共謀して実行した。首謀者の内数名が逮捕された後、大規模な抗議デモを組織したが、デモ隊が監獄を襲撃した事でロシア帝国軍がデモ参加者に発砲し、13名が死亡。其の犠牲者達の葬儀の当日、再度抗議デモを実行した。西暦1,902年4月、ロシア帝国当局により逮捕されバトゥミ監獄に収容され、其の後クタイシ監獄に移った。西暦1,903年6月、3年間の東シベリアへの流刑が宣告され、同年10月にバトゥミを出発、同年11月30日にノヴァヤ・ウダに到着。脱走を試みるが、バラガンスクで凍傷に遭った為引き返し失敗。西暦1,904年1月、再度脱走を試み成功してトビリシに帰還した。其の後フィリップ・マハラゼと共にロシア社会民主労働党機関紙「プロレタリアティス・ブルゾラ」の共同編集を行った。
- フィリップ・マハラゼ ロシア社会民主労働党党員。西暦1,904年1月以降、東シベリアの流刑地から脱走しトビリシに帰還したヨシフ・スターリンと共に、同党の機関紙である「プロレタリアティス・ブルゾラ」の共同編集を行った。
主要な概念・組織
- バクー ロシア帝国の都市(現在のアゼルバイジャン)。西暦1,873年に最初の油井が噴出し、以降ノーベル家とロスチャイルド家の石油事業の中心地となった。西暦1,890年時点で約144の製油工場が存在し、軽質原油の総量835,380tの内、3/4を13工場だけで生産していた。西暦1,893年には製油所が69基となった。
- ビビ・エイバート油田 バクーの油田。西暦1,873年3月、ロバート・ノーベルが当地の製油所と共に購入し、ノーベル家の石油事業の出発点となった。
- バラハニ油田 バクーの油田。西暦1,875年、ロバート・ノーベルが購入。西暦1,876年、ルートヴィヒ・ノーベルが此の油田から製油所までの15kmに及ぶパイプラインを敷設した。
- ノーベル兄弟産油会社 西暦1,879年5月18日、ロバート・ノーベルが、自身が西暦1,876年にバクーに設立した蒸留所を基に、ルートヴィヒ・ノーベルと共にサンクトペテルブルクに本社を置く持株会社として設立した会社。株式資本は、①ルートヴィヒ・ノーベル53.7%、②ピーター・フォン・ビルダーリング男爵31%、③I.J.ザベルスキフ4.7%、④アルフレッド・ノーベル3.8%、⑤ロバート・ノーベル3.3%、⑥アレクサンドル・フォン・ビルダーリング男爵1.7%、と分割された。西暦1,890年時点でバクー油田軽質原油の293,202tを生産し、フランス・ロスチャイルド商会と協力体制を築いた。西暦1,900年の灯油生産量175,266,000tで断然首位。
- ゾロアスター号 ルートヴィヒ・ノーベルがスウェーデンの造船会社に発注した世界初の石油タンカー船。船倉にタンクを作り直接石油を詰め込む輸送手段。西暦1,878年に完成した。
- フランス・ロスチャイルド商会 アルフォンス・ド・ロスチャイルドが率いるロスチャイルド家のフランス系商会。西暦1,883年にバクー-バトゥミ間のトランスコーカサス鉄道に出資し、其の後カスピ海・黒海石油産業貿易会社及びマズット貿易・輸送会社を通じてバクー油田の利権を獲得。西暦1,884年に39,312t、西暦1,889年に491,400t(12.5倍増)の石油製品をバクーから輸出した。西暦1,890年時点でバクー油田軽質原油の76,986tを生産。西暦1,902年、モスクワ石油工業会のバックアップによりグロズヌイ・クバーニ地方・マイコープでの油田探査を行った。バトゥミの製油所はヨシフ・スターリンの労働運動の舞台となった。
- トランスコーカサス鉄道 バクーからコーカサス山中を縦断しバトゥミに至る鉄道。フランス・ロスチャイルド商会が出資し、西暦1,883年に完成。アルフォンス・ド・ロスチャイルドが此の鉄道への融資と引き換えにバクーの石油権益を獲得した。西暦1,884年には91,728tの石油製品が輸送され、西暦1,887年にはカスピ海・黒海石油産業貿易会社が300両の自社製タンク貨車を納入した。
- カスピ海・黒海石油産業貿易会社 西暦1,883年5月16日、アルフォンス・ド・ロスチャイルドがトランスコーカサス鉄道への融資と引き換えに獲得したバクーの石油権益を基に設立した会社。6,000,000ルーブルと25,000,000フランの初期資本をロシア帝国の金庫に納め、アドリア海沿岸のロスチャイルドの製油所に石油を送り、135社の中小製油業者から灯油を買い取り、ロシア灯油の最大輸出業者となった。西暦1,887年にロシア帝国の石油会社約50社の灯油の委託販売を開始し、トランスコーカサス鉄道に300両の自社製タンク貨車を納入した。
- マズット貿易・輸送会社 西暦1,898年、アルフォンス・ド・ロスチャイルドが設立した会社。①ニジニ・ノヴゴロド、②サマーラ、③ツァリーツィン、④アストラハン、⑤リガ、⑥ヴィーツェプスク、⑦ワルシャワ、のカスピ海・黒海石油産業貿易会社の支店に石油製品の納入を開始し、カスピ海だけで13隻のタンカーを保有する最大の石油輸出組合へと成長した。西暦1,903年、ロバート・ノーベル及びイマヌエル・ノーベルと、ロシア帝国の石油の国外輸出に関するノブマズットカルテル協定を締結した。
- ノブマズット 西暦1,903年、ロバート・ノーベル及びルートヴィヒ・ノーベルの息子イマヌエル・ノーベルが、マズット貿易・輸送会社と結んだ、ロシア帝国の石油の国外輸出に関するカルテル協定。ノーベル家とロスチャイルド家の正式な協力体制を象徴した。
- サミュエル商会 西暦1,891年、フランス・ロスチャイルド商会系石油販売会社のブニトと西暦1,900年迄のロシア灯油の独占販売契約を締結した商会。
- ブニト フランス・ロスチャイルド商会系石油販売会社。西暦1,891年、サミュエル商会と西暦1,900年迄のロシア灯油の独占販売契約を締結した。
- シェル運輸貿易会社 西暦1,901年12月、スタンダード・オイルとの提携交渉を打ち切り、オランダ領東インド石油開発会社と提携した会社。
- オランダ領東インド石油開発会社 西暦1,901年12月、シェル運輸貿易会社と提携した会社。
- カスピ海協会 西暦1,900年、ロシア帝国内の灯油生産量57,330tを記録し、ロシア帝国内全石油工場の上位7系列の1つとなった石油会社。
- バクー石油会社 西暦1,900年、ロシア帝国内の灯油生産量27,846tを記録し、ロシア帝国内全石油工場の上位7系列の1つとなった石油会社。西暦1,901年6月時点でロシア帝国の石油生産量55,692tで3位。
- モスクワ石油工業会 西暦1,902年、フランス・ロスチャイルド商会のバックアップにより、①グロズヌイ、②クバーニ地方(現在のロシア・ウクライナ)、③マイコープ、での油田探査・開発を行った業界団体。
- ロシア社会民主労働党 マルクス主義政党。西暦1,901年11月、ヨシフ・スターリンがトビリシ委員会委員に選出された。機関紙「プロレタリアティス・ブルゾラ」を発行し、西暦1,904年1月以降、ヨシフ・スターリンとフィリップ・マハラゼが共同編集を行った。
- プロレタリアティス・ブルゾラ ロシア社会民主労働党の機関紙。西暦1,904年1月以降、東シベリアの流刑地から脱走しトビリシに帰還したヨシフ・スターリンが、ロシア社会民主労働党党員のフィリップ・マハラゼと共に共同編集を行った。
- バクー油田労働者ストライキ 西暦1,904年12月26日、1日14〜16時間の労働が常態化していたバクー油田の労働者が起こしたストライキ。①労働者組合・言論の自由、②組合・ストライキの自由、③ロシア憲法、④制定議会の即時召集、⑤日曜日の休業、⑥サービス残業の禁止、⑦3シフト制の即時導入、⑧6ヶ月毎の賃金引き上げ、⑨休日の給与の支払、⑩会社側の過失による欠勤・デモ及び5/1の通常賃金全額支払、⑪労働者の同意がある場合にのみ解雇、⑫罰金の禁止、の12項目が要求された。西暦1,905年1月13日に終了し、①夜勤と掘削隊の労働時間8時間化、②其れ以外の労働時間9時間化、③給与の80カペイカから1ルーブルへの引き上げ、④月4日の有給休暇の導入、を勝ち取った。
ロシア帝国のバクーでの最初の油井噴出、ロバート・ノーベルのビビ・エイバート油田及び製油所購入による石油事業開始、バラハニ油田購入、ピーター・フォン・ビルダーリング男爵・スタンダートスキョルド男爵共同出資のバクー石油蒸留所設立、ルートヴィヒ・ノーベルの15kmパイプライン敷設及び世界初の石油タンカー船ゾロアスター号発注・完成、ノーベル兄弟産油会社設立、フランス・ロスチャイルド商会出資のトランスコーカサス鉄道完成、アルフォンス・ド・ロスチャイルドのカスピ海・黒海石油産業貿易会社設立とロシア灯油最大輸出業者化、ノーベル家・ロスチャイルド家協力体制、サミュエル商会とブニトのロシア灯油独占販売契約、マズット貿易・輸送会社設立とカスピ海最大の石油輸出組合化、ヨシフ・スターリンのロシア社会民主労働党トビリシ委員会委員選出とフランス・ロスチャイルド商会経営製油所雇用及び2度の労働者ストライキ共謀と13名死亡デモ事件、シェル運輸貿易会社のオランダ領東インド石油開発会社提携、モスクワ石油工業会のフランス・ロスチャイルド商会バックアップによるグロズヌイ・クバーニ地方・マイコープ油田探査、ヨシフ・スターリン逮捕とバトゥミ監獄収容、ノブマズットカルテル協定締結、ヨシフ・スターリン東シベリア流刑宣告と脱走失敗及び再脱走成功とプロレタリアティス・ブルゾラ共同編集、バクー油田労働者1日14〜16時間労働常態化に対するストライキ実行と12項目要求並びに労働時間8〜9時間化・給与引き上げ・月4日有給休暇導入勝ち取り迄──
ノーベル兄弟産油会社とフランス・ロスチャイルド商会によるバクー油田支配と協力体制、ロシア帝国石油産業の構造、そしてフランス・ロスチャイルド商会経営製油所での若き日のヨシフ・スターリンの労働運動を年月日単位で追跡した一冊。
JPY 200(税込)
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