電子書籍「ポール・マルチンクスによるヨハネ・パウロ1世暗殺、アンブロシアーノ銀行のマネーロンダリングと不正融資を追及されたロベルト・カルヴィの不審死一元化」の表紙

ポール・マルチンクスによる
ヨハネ・パウロ1世暗殺、
アンブロシアーノ銀行のマネーロンダリングと
不正融資を追及された
ロベルト・カルヴィの不審死一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦1,970年11月27日〜1,986年3月22日
ページ数
12ページ
文字数
4,935字
最新更新日
西暦2,026年8月19日

教皇を救った男が「ゴリラ」と呼ばれた日から、すべての証人が沈黙するまで──
バチカン銀行を舞台にした暗殺と不審死の十六年を一元化。

199円(税込)

購入する →
決済サービスSquare/ご利用いただけるカードブランド:Visa・Mastercard・アメリカン・エキスプレス・JCB・Diners Club・Discover・UnionPay(銀聯)

お支払いはカード情報の入力だけで完了します

購入後、そのままPDFダウンロードページへ移動します

お支払いは決済サービス「Square」を通じて安全に処理されます。カード情報が当サイトに保存されることはありません。


皇室献上品 高級トイレットペーパー
皇室献上品 高級トイレットペーパー

本書について

西暦1,970年11月27日、パウロ6世がマニラ国際空港に降り立った。教皇に会えた事で興奮する民衆の中から、司祭に扮したボリビアの芸術家が「迷信に死を」と叫び、ナイフを手に襲い掛かる。胸を負傷した教皇の一命を救ったのは、犯人へ飛び掛かり地面へ押し倒した随行者達であり、其の中心に居たのがポール・マルチンクスであった。パウロ6世は感謝の印として彼に聖杯を贈り、気性の荒いマルチンクスはイタリアのメディアから「ゴリラ」という渾名を頂戴する。そして翌西暦1,971年、パウロ6世は此の側近をIOR(バチカン銀行)総裁に指名した——本書は、教皇の命を救った男が教皇庁の金庫を握った此の一点を起点として、其処から十六年に及ぶ暗殺と不審死の連鎖を、年月日単位で一元化した記録である。

パウロ6世は、ジョン・パーシングの率いる部隊の騎兵としてメキシコに駐在した経験を持つジェームズ・ヒューと、其の息子でCIA工作官のジェームズ・アングルトンと懇意であった。此の親子は、CIA長官を務めたアレン・ウェルシュ・ダレスの下で情報活動に従事した人間である。IOR総裁に就任したマルチンクスは、此の頃から第60代アメリカ財務長官デヴィッド・M・ケネディと親しくなった。同じ西暦1,971年、ロベルト・カルヴィがアンブロシアーノ銀行の頭取に就任し、ミケーレ・シンドーナが其のカルヴィをマルチンクスに引き合わせる。以後3名は、IORが保有する株式を通じてミラノ証券取引所の株価を操作し、多額の利益を得た。此れに伴う借入金と吊り上げられた株券は、シンドーナを通じてカルヴィへと渡っていった。

西暦1,974年4月、ミラノ証券取引所の株式市場が暴落する。シンドーナが買収・経営していた銀行の経営状況は悪化し、ウニオネ銀行とプリバータ・フィナンツァリア銀行を合併させて「プリバータ・イタリアーナ銀行」とした。然し同年9月、フランクリン・ナショナル銀行の20億ドル、プリバータ・イタリアーナ銀行の3億ドル、スイスの銀行の外貨両替8,200万ドルという損失が発覚する。IORも2億5,000万ドルの損失を出し、イタリア財務省はシンドーナを横領罪で調査、IOR総務局長ルイージ・メンニーニは逮捕されパスポートを剥奪された。10月3日、自身に逮捕令状が出る事をリーチオ・ジェッリから聞いたシンドーナはジュネーヴへ逃亡し、翌4日の令状を空振りに終わらせる。そして西暦1,975年、シンドーナが担っていたIOR経由のマフィア絡みのマネーロンダリングと不正融資の役割は、マルチンクスの庇護の下、カルヴィが引き継いだ。

西暦1,978年8月6日、パウロ6世が死去し、マルチンクスは後ろ盾を失う。同月26日に第263代ローマ教皇へ就任したヨハネ・パウロ1世は、IORの不透明な財政に就いての改革を表明し、其の一環としてマルチンクスの追放と、イタリア国立労働銀行の子会社であったアンブロシアーノ銀行との関係見直しを掲げた。ロッジP2との関係も断ち、バチカン市国国務長官ジャン・ヴィヨとシカゴ大司教ジョン・コーディの更迭も予定されていた。人工避妊の禁止を緩和する検討を聞いたヴィヨは憤慨し、カルヴィ・シンドーナ・ジェッリもまた厳しい立場に追い込まれる。同年、イタリア銀行はアンブロシアーノ銀行の調査を開始し、膨大な借入金と無担保債権、デフォルトに陥る可能性の高さを掴んだ。9月27日、ロッジP2のメンバーでジャーナリストのカーマイン・ペコレッリが、不誠実な聖職者のリストをヨハネ・パウロ1世へ手渡す。其の翌日——9月28日、ヨハネ・パウロ1世は暗殺された。

翌29日の朝、朝のコーヒーを飲みに出て来ない教皇を訝しんだヴィチェンツァの修道女が部屋を確認し、ベッドで亡くなっているヨハネ・パウロ1世を発見する。マルゲリータという修道女を呼び、2人で確かめた時、肌は既に冷たく、爪は黒かった。手には、カトリックが禁じているフリーメイソンに関与している銀行関係者の名前が書かれた紙が握り締められ、傍らでは本が開かれ、読書灯が点いていた。バチカン市国の法律に則り、検死は行われなかった。以後、証人は次々と沈黙してゆく。西暦1,979年3月20日、ペコレッリがローマのプラティ地区にて4発の銃弾を受けて殺害され、7月11日には、弁護士としてプリバータ・イタリアーナ銀行の清算人に指名され、IORとアンブロシアーノ銀行の関係と投資内容を調査していたイタリア警察の金融犯罪担当調査官ジョルジョ・アンブロゾーリが、自宅前で銃殺された。

西暦1,981年5月、カルヴィが外国為替管理法違反の容疑で逮捕される。7月には、アンブロシアーノ銀行を通じて2,700万ドルを違法送金した罪で、懲役4年と1,350万ドルの罰金という有罪判決を受けた。同月、イタリア当局はアンブロゾーリ暗殺をマフィアに依頼したのはシンドーナであると断定し、逮捕令状を出す。そして8月、バチカン市国にて、マルチンクスとカルヴィが協定を結んだ。マルチンクスは、過去及び未来に於ける取引の全責任はカルヴィに有るという誓約書を示して署名させ、此れと引き換えにIORからの資金提供確約書をカルヴィへ渡す。此れによりアンブロシアーノ銀行は、西暦1,982年6月30日迄、イタリア国外からの借入金に対する返済保証が可能となり、延命した。

其の期限を待たずに終わりは来た。西暦1,982年5月31日、イタリア銀行が15億ドル程度の使途不明の負債に就いて焦げ付く可能性の高さを通告し、6月には南米向けの貸出の実態を調査する為のコミッショナーが送り込まれる。6月17日未明、カルヴィはロンドンのテムズ川に架かるブラックフライアーズ橋の下で、首吊り死体となって発見された。同じ日、アンブロシアーノ銀行頭取秘書グラツィエラ・コロケルが本店5階から投身自殺する。イギリス警察はカルヴィの死を自殺と結論付けたが、カルヴィ家とイタリア警察は殺害されたと主張した。7月、ミッドランド銀行とナショナル・ウエストミンスター銀行がデフォルトを宣言し、9日にはマルチンクスが第264代ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世へIOR総裁の辞表を提出する——然し彼は、最終的に西暦1,989年迄其の座に留まった。8月6日、第24代イタリア財務大臣ベニヤミーノ・アンドレアッタが強制清算を命じ、イタリアの大手銀行7行の共同出資による「新アンブロシアーノ銀行」が、ジョバンニ・バゾーリを頭取として営業を開始する。

IORはアンブロシアーノ銀行株を1.58%しか保有していなかったにも拘らず、マルチンクスの配下のオフショア企業10社へ10億ドルを貸し出し、同額の損失を出していた。此れが判明した際、ローマ教皇庁は債権者へ善意として2億4,100万ドルを支払っている。マフィアやロッジP2の資金洗浄に関与したとして起訴されたマルチンクスは、如何なる不正行為も否定し、最終的にイタリアの裁判所はバチカン職員の訴追免除の特権を認めて、彼の逮捕を退けた。西暦1,986年に此の件を尋ねられた彼は「アヴェ・マリアの祈りだけでは教会は運営出来ない」と語っている。西暦1,984年3月、シンドーナはアンブロゾーリ暗殺の罪で懲役25年の判決を受けヴォゲーラ刑務所に収監され、同年5月25日、IORは無関係としつつ任意の援助金2億4,200万ドルを支払う取り決めに署名した。そして西暦1,986年3月22日、シンドーナは獄中でエスプレッソにシアン化物を盛られ、毒殺される。教皇の命を救った男が金庫を握った日から、最後の当事者が沈黙する迄——本書は其の全軌跡を一冊に束ねている。


登場人物

  • ポール・マルチンクス 本書の中心人物。西暦1,970年11月のマニラで、司祭に扮した襲撃犯からパウロ6世を救い、感謝の印に聖杯を贈られた。気性の荒さからイタリアのメディアに「ゴリラ」と渾名される。翌年IOR総裁に指名され、ロベルト・カルヴィ・ミケーレ・シンドーナと結んでミラノ証券取引所の株価操作に関与した。西暦1,978年のヨハネ・パウロ1世暗殺に関与し、西暦1,982年には資金洗浄で起訴されたが、バチカン職員の訴追免除により逮捕を免れ、西暦1,989年迄IOR総裁を務めた。
  • ロベルト・カルヴィ 西暦1,971年にアンブロシアーノ銀行の頭取へ就任。シンドーナの紹介でマルチンクスと結び、西暦1,975年からはIOR経由のマフィア絡みのマネーロンダリングと不正融資の役割を引き継いだ。西暦1,981年に外国為替管理法違反で有罪判決を受け、翌年6月17日未明、ロンドンのブラックフライアーズ橋の下で首吊り死体となって発見される。生前、連帯への不正融資が行われていたと家族・友人に話していた。
  • ミケーレ・シンドーナ カルヴィをマルチンクスに引き合わせた人物。西暦1,974年の株式市場暴落で経営する銀行が巨額の損失を出し、リーチオ・ジェッリの通報を承けて逮捕令状の前日にジュネーヴへ逃亡した。アンブロゾーリ暗殺をマフィアに依頼した罪で懲役25年の判決を受け、西暦1,986年3月22日、ヴォゲーラ刑務所内でエスプレッソにシアン化物を盛られ毒殺された。
  • パウロ6世 西暦1,970年11月27日、マニラで襲撃を受け胸を負傷したが、マルチンクス等に救われたローマ教皇。翌年、其の恩人をIOR総裁に指名した。ジェームズ・ヒューと、其の息子でCIA工作官のジェームズ・アングルトン親子と懇意であった。西暦1,978年8月6日に死去し、マルチンクスは後ろ盾を失う事となる。
  • ヨハネ・パウロ1世 西暦1,978年8月26日に就任した第263代ローマ教皇。IORの不透明な財政の改革を表明し、マルチンクスの追放、アンブロシアーノ銀行との関係見直し、ロッジP2との断絶、ジャン・ヴィヨとジョン・コーディの更迭を進めようとした。就任から僅か1箇月余りの9月28日に暗殺され、翌朝、修道女によってベッドで亡くなっている姿が発見される。バチカン市国の法律に則り検死は行われなかった。
  • ヨハネ・パウロ2世 第264代ローマ教皇。西暦1,982年7月9日、マルチンクスからIOR総裁の辞表を受け取ったが、マルチンクスは最終的に西暦1,989年迄其の座に留まった。
  • リーチオ・ジェッリ 西暦1,974年10月、自身に逮捕令状が出る事をシンドーナに知らせ、ジュネーヴへの逃亡を可能にした人物。ヨハネ・パウロ1世のローマ教皇就任により厳しい立場へ追い込まれた3名の1人でもある。
  • カーマイン・ペコレッリ ロッジP2のメンバーでジャーナリスト。西暦1,978年9月27日、不誠実な聖職者のリストをヨハネ・パウロ1世へ手渡した。其の翌日に教皇は暗殺され、西暦1,979年3月20日には、ペコレッリ自身もローマのプラティ地区で4発の銃弾を受けて殺害された。
  • ジョルジョ・アンブロゾーリ イタリア警察の金融犯罪担当調査官。弁護士としてプリバータ・イタリアーナ銀行の清算人に指名され、IORとアンブロシアーノ銀行の関係と投資内容を調査していたが、西暦1,979年7月11日、自宅前で銃殺された。西暦1,981年7月、イタリア当局は暗殺の依頼者をシンドーナと断定している。
  • ルイージ・メンニーニ IOR総務局長。西暦1,974年9月、シンドーナの経営する銀行の巨額損失が発覚した際に逮捕され、パスポートを剥奪された。西暦1,981年には、プリバータ・イタリアーナ銀行破綻の件で裁判を受ける様命じられた銀行家の1人でもある。
  • ジャン・ヴィヨ バチカン市国国務長官。ヨハネ・パウロ1世が更迭する積もりであった2名の1人。教皇がカトリック教会による人工避妊の禁止を緩和する事を検討していると聞き、憤慨した。
  • グラツィエラ・コロケル アンブロシアーノ銀行頭取秘書。カルヴィがブラックフライアーズ橋の下で発見された西暦1,982年6月17日、同行本店5階から投身自殺した。
  • ベニヤミーノ・アンドレアッタ 第24代イタリア財務大臣。西暦1,982年8月6日、アンブロシアーノ銀行の強制清算を命じた。此の時のIORの借入金を12億ドルと見積もっている。
  • ジョバンニ・バゾーリ サン・パオロ・ディ・ブレシア銀行副頭取。西暦1,982年8月、イタリアの大手銀行7行の共同出資により設立された新アンブロシアーノ銀行の頭取に就任した。

主要な概念・組織

  • IOR(バチカン銀行) 西暦1,971年にマルチンクスが総裁へ就任した教皇庁の金融機関。保有株式を通じたミラノ証券取引所の株価操作、シンドーナの銀行破綻に伴う2億5,000万ドルの損失、マルチンクス配下のオフショア企業10社への10億ドルの貸出と同額の損失、そして西暦1,984年の2億4,200万ドルの援助金——本書が追う資金の流れは、悉く此処を経由する。
  • アンブロシアーノ銀行 イタリア国立労働銀行の子会社で、IORの投資運用と資金調達を行う主力行としての業務を担った銀行。西暦1,971年にカルヴィが頭取へ就任した。西暦1,978年にイタリア銀行の調査で膨大な借入金と無担保債権が発覚し、西暦1,982年8月6日、強制清算を命じられる。
  • 新アンブロシアーノ銀行 旧行の資産・負債を継承する為に、イタリアの大手銀行7行の共同出資で設立された銀行。ポポラーレ・ディ・ミラノ銀行20%、国立労働銀行16.6%、イタリア動産金庫16.6%、トリノ・サンパオロ銀行16.6%等の出資比率で、西暦1,982年8月に営業を開始した。
  • プリバータ・イタリアーナ銀行 西暦1,974年4月の株式市場暴落を承け、シンドーナがウニオネ銀行とプリバータ・フィナンツァリア銀行を合併させて作った銀行。同年9月に3億ドルの損失が発覚し、其の清算人にアンブロゾーリが指名された。
  • フランクリン・ナショナル銀行 シンドーナの経営する銀行の1つ。西暦1,974年9月に発覚した一連の損失の中で最大の、20億ドルを出していた。
  • ロッジP2 ヨハネ・パウロ1世が関係を断とうとした組織。ジャーナリストのカーマイン・ペコレッリは其のメンバーであった。西暦1,982年8月、マルチンクスはマフィアと此の組織の資金洗浄に関与したとして起訴されている。
  • ミラノ証券取引所の株価操作 西暦1,971年以降、マルチンクス・カルヴィ・シンドーナの3名が、IORの保有する株式を通じて行った利益取得の手法。此れに伴う借入金と吊り上げられた株券は、シンドーナを通じてカルヴィへ渡った。
  • 資金提供確約書 西暦1,981年8月、バチカン市国で結ばれた協定でマルチンクスがカルヴィへ渡した文書。引き換えにカルヴィは、過去及び未来に於ける取引の全責任は自身に有るという誓約書へ署名させられた。アンブロシアーノ銀行は此れにより、西暦1,982年6月30日迄の返済保証を得て延命する。
  • ブラックフライアーズ橋 ロンドンのテムズ川に架かる橋。西暦1,982年6月17日未明、カルヴィが其の下で首吊り死体となって発見された。イギリス警察は自殺と結論付けたが、カルヴィ家とイタリア警察は殺害されたと主張し、其の後アンブロシアーノ銀行からは預金流出が始まった。
  • バチカン職員の訴追免除 マルチンクスが逮捕を免れた根拠。西暦1,982年8月に資金洗浄への関与で起訴された彼に対し、イタリアの裁判所は最終的に此の特権を認めた。

マニラの襲撃事件からシンドーナの毒殺まで──
マルチンクス・カルヴィ・シンドーナが結んだバチカン銀行スキャンダルの全過程を一元化。

199円(税込)

購入する →
決済サービスSquare/ご利用いただけるカードブランド:Visa・Mastercard・アメリカン・エキスプレス・JCB・Diners Club・Discover・UnionPay(銀聯)

お支払いはカード情報の入力だけで完了します

購入後、そのままPDFダウンロードページへ移動します

お支払いは決済サービス「Square」を通じて安全に処理されます。カード情報が当サイトに保存されることはありません。


皇室献上品 高級トイレットペーパー
皇室献上品 高級トイレットペーパー

AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「トキジク」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
YouTubeとニコニコでも情報を発信中。