ポール・マルチンクスによる
ヨハネ・パウロ1世暗殺、
アンブロシアーノ銀行のマネーロンダリングと
不正融資を追及された
ロベルト・カルヴィの不審死一元化
教皇を救った男が「ゴリラ」と呼ばれた日から、すべての証人が沈黙するまで──
バチカン銀行を舞台にした暗殺と不審死の十六年を一元化。
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本書について
西暦1,970年11月27日、マニラ国際空港(現在のニノイ・アキノ国際空港)に降り立ったローマ教皇パウロ6世に、司祭に扮した一人の男が「迷信に死を」と叫び、ナイフを持って襲いかかった。胸を負傷した教皇に代わって襲撃犯へ飛び掛かり、地面に押し倒したのが、側近のポール・マルチンクスである。感謝の印として聖杯を贈られた此の気性の荒い男は、イタリアのメディアから「ゴリラ」の渾名を付けられた——本書は、教皇を救った此の一人の男が、やがてバチカン銀行を舞台にした暗殺と不正の中心へと沈んでゆく、十六年の記録である。
西暦1,971年、パウロ6世はマルチンクスをIOR(バチカン銀行)総裁に指名した。総裁となったマルチンクスは、CIA長官アレン・ウェルシュ・ダレスの下で情報活動に従事したジェームズ・ヒューとその息子でCIA工作官のジェームズ・アングルトン、そして第60代アメリカ財務長官デヴィッド・M・ケネディと親交を結んでゆく。同じ年、ロベルト・カルヴィがアンブロシアーノ銀行の頭取に就任し、銀行家ミケーレ・シンドーナがそのカルヴィをマルチンクスに引き合わせた。此の3名は、IORの保有する株式を通じてミラノ証券取引所の株価を操作し、多額の利益を得る。吊り上げられた株券と借入金は、シンドーナを介してカルヴィへと流れていった。
西暦1,974年4月、ミラノの株式市場が暴落する。シンドーナの経営する銀行は傾き、9月には、フランクリン・ナショナル銀行の20億ドルを筆頭とする巨額の損失が発覚した。連鎖してIORも2億5,000万ドルの損失を出し、IOR総務局長ルイージ・メンニーニは逮捕されてパスポートを剥奪される。同年10月、自身への逮捕令状が出る事をロッジP2のリーチオ・ジェッリから聞いたシンドーナは、令状が出る前日にジュネーヴへ逃亡した。翌西暦1,975年、シンドーナが担っていたIOR経由のマフィア絡みのマネーロンダリングと不正融資の役割は、マルチンクスの庇護の下、そっくりカルヴィへと引き継がれる。
西暦1,978年8月6日にパウロ6世が死去すると、マルチンクスは最大の後ろ盾を失った。同月26日に第263代ローマ教皇に就いたヨハネ・パウロ1世は、IORの不透明な財政の改革を表明し、マルチンクスの追放と、アンブロシアーノ銀行との関係見直し、ロッジP2との断絶を打ち出す。カルヴィ・シンドーナ・ジェッリらは厳しい立場に追い込まれ、イタリア銀行もアンブロシアーノ銀行の調査を開始した。だが9月27日、ロッジP2のジャーナリスト、カーマイン・ペコレッリが不誠実な聖職者のリストを教皇に手渡した翌日——9月28日、ヨハネ・パウロ1世は暗殺される。マルチンクスが関与していた。翌朝、冷たくなった教皇の手には、フリーメイソンに関与する銀行関係者の名を記した紙が握り締められていたが、バチカン市国の法に則り、検死は行われなかった。
口を封じるように、証人たちが相次いで倒れてゆく。西暦1,979年3月20日、ペコレッリがローマのプラティ地区で4発の銃弾に斃れ、7月11日には、IORとアンブロシアーノ銀行の関係を追っていた金融犯罪調査官ジョルジョ・アンブロゾーリが自宅前で銃殺された。西暦1,981年、カルヴィは外国為替管理法違反で逮捕され、2,700万ドルの違法送金により懲役4年の判決を受ける。同年8月、マルチンクスとカルヴィはバチカン市国で協定を結んだ。マルチンクスは、過去と未来の全取引の責任はカルヴィに有るとする誓約書に署名させる一方、IORからの資金提供確約書をカルヴィに渡し、アンブロシアーノ銀行を延命させた。
西暦1,982年6月17日未明、ロベルト・カルヴィは、ロンドンのテムズ川に架かるブラックフライアーズ橋の下で首吊り死体となって発見される。同じ日、頭取秘書グラツィエラ・コロケルが銀行本店の5階から身を投げた。イギリス警察はカルヴィを自殺と結論づけたが、遺族とイタリア警察は殺害を主張した。アンブロシアーノ銀行はやがて強制清算され、大手7行の出資による新アンブロシアーノ銀行がその後を継ぐ。マルチンクスはマフィアやロッジP2の資金洗浄で起訴されたものの、バチカン職員の訴追免除を認められて逮捕を免れ、「アヴェ・マリアの祈りだけでは教会は運営出来ない」と語った。そして西暦1,986年3月22日、アンブロゾーリ暗殺で懲役25年に服していたシンドーナが、ヴォゲーラ刑務所のエスプレッソにシアン化物を盛られ、毒殺される。教皇を救った男が「ゴリラ」と呼ばれた日から、すべての証人が沈黙するまでの十六年を、本書は一冊に束ねている。
登場人物
- ポール・マルチンクス 本書の中心人物。西暦1,970年、マニラでパウロ6世を襲撃犯から守り、「ゴリラ」の渾名を得た。翌1,971年にIOR(バチカン銀行)総裁に就任し、ロベルト・カルヴィ・ミケーレ・シンドーナと結んでミラノ証券取引所の株価を操作。ヨハネ・パウロ1世暗殺に関与し、アンブロシアーノ銀行を舞台にした資金洗浄で起訴されたが、バチカン職員の訴追免除により逮捕を免れた。西暦1,989年までIOR総裁を務めた。
- ロベルト・カルヴィ アンブロシアーノ銀行頭取。西暦1,971年に頭取へ就任し、1,975年、マルチンクスの庇護の下でシンドーナのマネーロンダリングと不正融資の役割を引き継いだ。1,981年に外国為替管理法違反で有罪判決を受け、1,982年6月17日、ロンドンのブラックフライアーズ橋の下で首吊り死体となって発見される。イギリス警察は自殺とし、遺族とイタリア警察は殺害と主張した。
- ミケーレ・シンドーナ カルヴィをマルチンクスに引き合わせた銀行家。株価操作で得た株券と借入金をカルヴィへ流した。西暦1,974年、経営する銀行の巨額損失が発覚し、逮捕令状が出る前日にジュネーヴへ逃亡。ジョルジョ・アンブロゾーリ暗殺をマフィアに依頼した罪で懲役25年に服し、1,986年3月22日、ヴォゲーラ刑務所内でシアン化物により毒殺された。
- パウロ6世 ローマ教皇。西暦1,970年、マニラでナイフを持った男に襲われ、マルチンクスらに救われた。翌1,971年、側近のマルチンクスをIOR総裁に指名する。西暦1,978年8月6日に死去し、マルチンクスは最大の後ろ盾を失った。
- ヨハネ・パウロ1世 第263代ローマ教皇。西暦1,978年8月26日の就任後、IORの不透明な財政の改革を掲げ、マルチンクスの追放とアンブロシアーノ銀行との関係見直し、ロッジP2との断絶を表明した。就任から約一ヶ月後の9月28日に暗殺される。マルチンクスが関与していた。
- ヨハネ・パウロ2世 第264代ローマ教皇。西暦1,982年7月9日、マルチンクスからIOR総裁の辞表を受け取った。ただしマルチンクスは最終的に西暦1,989年まで総裁の座に留まった。
- リーチオ・ジェッリ 秘密結社ロッジP2の指導者。西暦1,974年、シンドーナに逮捕令状が出る事を事前に伝え、ジュネーヴ逃亡を促した。ヨハネ・パウロ1世が関係の断絶を表明した相手でもある。
- カーマイン・ペコレッリ ロッジP2のメンバーでジャーナリスト。西暦1,978年9月27日、不誠実な聖職者のリストをヨハネ・パウロ1世に手渡した。翌1,979年3月20日、ローマのプラティ地区で4発の銃弾を受けて殺害される。
- ジョルジョ・アンブロゾーリ イタリア警察の金融犯罪担当調査官。弁護士としてプリバータ・イタリアーナ銀行の清算人に指名され、IORとアンブロシアーノ銀行の関係と投資内容を調査していた。西暦1,979年7月11日、自宅前で銃殺される。後にシンドーナが暗殺の依頼者と断定された。
- ルイージ・メンニーニ IOR総務局長。西暦1,974年、シンドーナの銀行の損失に連なるIORの損失が発覚した際に逮捕され、パスポートを剥奪された。1,981年には、プリバータ・イタリアーナ銀行破綻の件で他の銀行家らと共に裁判を命じられた。
- ベニヤミーノ・アンドレアッタ 第24代イタリア財務大臣。西暦1,982年8月6日、アンブロシアーノ銀行の強制清算を命じた。此の時のIORの借入金を12億ドルと見積もっていた。
主要な概念・組織
- IOR(バチカン銀行) バチカンの資金を運用する金融機関。西暦1,971年にマルチンクスが総裁に就任して以降、保有株式を通じた株価操作や、オフショア企業への巨額融資の温床となった。アンブロシアーノ銀行破綻に際しては、株の保有比率が1.58%に過ぎないにもかかわらず、マルチンクス配下のオフショア企業10社へ10億ドルを貸し出し、同額の損失を出した。
- アンブロシアーノ銀行 イタリア国立労働銀行の子会社で、ロベルト・カルヴィが頭取を務めた銀行。IORを主力行として投資運用と資金調達を担い、マネーロンダリングと不正融資の舞台となった。西暦1,982年、15億ドル規模の使途不明の負債が焦げ付き、強制清算に至った。
- 新アンブロシアーノ銀行 西暦1,982年8月、強制清算されたアンブロシアーノ銀行の資産・負債を継承する為、イタリアの大手銀行7行の共同出資で設立された銀行。頭取にはサン・パオロ・ディ・ブレシア銀行副頭取のジョバンニ・バゾーリが就いた。
- プリバータ・イタリアーナ銀行 西暦1,974年、株式市場の暴落で傾いたシンドーナが、ウニオネ銀行とプリバータ・フィナンツァリア銀行を合併して作った銀行。3億ドルの損失を出して破綻し、その清算人に指名されたアンブロゾーリの調査が、後の暗殺事件へと繋がった。
- ロッジP2 リーチオ・ジェッリが率いた秘密結社(フリーメイソンのロッジ)。シンドーナやペコレッリらが名を連ね、事件の背後に影を落とした。ヨハネ・パウロ1世が断絶を表明し、マルチンクスはその資金洗浄への関与で起訴された。
- ミラノ証券取引所の株価操作 西暦1,971年以降、マルチンクス・カルヴィ・シンドーナの3名が、IORの保有株式を通じてミラノ証券取引所の株価を操作し、多額の利益を得た仕組み。吊り上げられた株券と借入金は、シンドーナを介してカルヴィへ渡った。
- ブラックフライアーズ橋の首吊り 西暦1,982年6月17日未明、カルヴィがロンドンのテムズ川に架かるブラックフライアーズ橋の下で首吊り死体となって発見された事件。イギリス警察は自殺と結論づけたが、遺族とイタリア警察は殺害を主張し、真相は不審死のまま残った。
- バチカン市国の訴追免除 西暦1,982年、マフィアやロッジP2の資金洗浄で起訴されたマルチンクスに対し、イタリアの裁判所が「バチカン職員には訴追免除の特権が有る」と判断した事。これによりマルチンクスは逮捕を免れた。翌1,984年には、IORが任意の援助金として2億4,200万ドルを支払い、アンブロシアーノ銀行の債務は事実上帳消しにされた。
マニラの襲撃事件からシンドーナの毒殺まで──
マルチンクス・カルヴィ・シンドーナが結んだバチカン銀行スキャンダルの全過程を一元化。
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