電子書籍「ジョン・ロックフェラー・ジュニアが承認したアメリカ産児制限連盟の避妊研究一元化」の表紙

ジョン・ロックフェラー・ジュニアが承認したアメリカ産児制限連盟の避妊研究一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦1,921年11月10日〜1,924年6月19日頃
最新更新日
西暦2,026年1月2日

マーガレット・サンガーの「ABCL(アメリカ産児制限連盟)」設立、プラザホテル「第1回アメリカ産児制限会議」7日間開催とマーガレット・サンガー主催・医師・学術者・科学者・社会改革者集結・産児制限知識共有と推進目的並びにボルチモア活動家エディス・ホートン・フッカー・パリ大学医師ジーガルト・アドルフス・クノップフ・博士アリス・バトラー・イギリス下院議員ハロルド・コックス・ブロードウェイ女優講演、ニューヨーク市警察タウンホールマーガレット・サンガー講演開始急襲とドアブロック・サンガー他講演者ステージ引き摺り下ろし・無秩序行為容疑逮捕並びにニューヨーク大司教パトリック・ジョセフ・ヘイズ圧力・サンガー憲法集会権利主張・強制講演中止・200名以上聴衆閉じ込め、マーガレット・サンガー横浜港到着と数時間拘束後上陸許可・出生制御公的講演禁止・西暦1,914年執筆「ファミリー・リミテーション」コピー没収並びに横浜グランドホテル夕食・産児制限活動家加藤シヅエ東京府東京市赤坂区自宅滞在、マーガレット・サンガーのニューヨーク市「CRB(臨床研究局)」設立、BSH総書記キャサリン・ベメント・デイヴィス指導下のBSHマーガレット・サンガーCRB避妊臨床研究提案資金提供開始、ABCLのジョン・ロックフェラー・ジュニア避妊方法研究資金10,000ドル要請、ジョン・ロックフェラー・ジュニア弁護士ロックフェラー財団理事レイモンド・B・フォスディックの研究重要性強調・避妊問題公衆認識繊細性質認める助言書簡と「人口問題未来大きな危険・食料生活手段巡る争い現在より遥かに激しい世界引き渡し」内容、ジョン・ロックフェラー・ジュニアのマーガレット・サンガーABCL活動10,000ドル寄付承認とCRB臨床データCMH医学研究提出条件並びにCMHのCRB協力拒否3理由(CRB避妊具配布法的根拠自由解釈・女性医療スタッフ在籍・ABCL結び付き避妊社会運動推進宣伝活動)及びサンガー医療諮問委員会設置・CRBABCL本部建物移転・事務所避妊宣伝停止・ロバート・ラットウ・ディキンソン初代CRB医療責任者女医ハンナ・ストーン広範記録管理認識態度軟化迄──
マーガレット・サンガーのABCL設立と第1回アメリカ産児制限会議を起点に、ニューヨーク市警察によるタウンホール急襲とニューヨーク大司教パトリック・ジョセフ・ヘイズの圧力、サンガーの横浜港到着と加藤シヅエ赤坂区自宅滞在、ニューヨーク市でのCRB設立、BSH総書記キャサリン・ベメント・デイヴィス指導下の資金提供開始、ABCLの10,000ドル要請を経て、ロックフェラー財団理事レイモンド・B・フォスディックの助言を受けたジョン・ロックフェラー・ジュニアの10,000ドル寄付承認とCRB臨床データのCMH提出条件・サンガーの医療諮問委員会設置に至った、ジョン・ロックフェラー・ジュニアが承認したABCLの避妊研究の系譜を年月日単位で追跡した一冊。

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本書について

西暦1,921年11月10日、マーガレット・サンガーが「ABCL(アメリカ産児制限連盟)」を設立した。翌11日、此の日から7日間の予定で、プラザホテル(アメリカのニューヨーク州ニューヨーク市5番街)にて「第1回アメリカ産児制限会議」が開催された。マーガレット・サンガーを主催者とし、医師・学術者・科学者・社会改革者等が集まり、産児制限の知識共有と推進を目的とした。最初の3日間はメインセッション、其の後の4日間は、関連イベントや小規模ミーティングが行われた。主な議題は、①無制御な繁殖の危険性と世界的な産児制限プログラムの必要性②科学者等の発見の共有(例:非行・欠陥・依存との関係)③母親への衛生・生理的指導、無害な避妊方法の紹介④不妊手術の奨励(精神異常者や遺伝疾患者向け)⑤教育プログラム:教師・牧師・編集者への啓発⑥政治・立法:劣性繁殖を奨励する法の廃止⑦組織化:州レベルの支援とクリニック設立⑧国際協力:人口問題・食料供給・国家紛争との関連であった。講演者は主に①ボルチモアの活動家エディス・ホートン・フッカー②パリ大学医師ジーガルト・アドルフス・クノップフ③博士アリス・バトラー④イギリス下院議員ハロルド・コックス⑤ブロードウェイ女優であった。

西暦1,921年11月13日夜、ニューヨーク市警察が、タウンホール(アメリカのニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン区43番通り)にて、マーガレット・サンガーが講演を始めようとした所を急襲した。ドアをブロックし、サンガーと他の講演者をステージから引き摺り下ろし、無秩序行為の容疑で逮捕した。此れは、ニューヨーク大司教パトリック・ジョセフ・ヘイズが圧力を掛けた事によるもので、サンガーは憲法の下で集会の権利があると主張したものの、強制的に講演が中止され、200名以上の聴衆が閉じ込められた。

西暦1,922年3月10日、マーガレット・サンガーが横浜港に到着した。数時間の拘束の末に上陸許可が出たが、出生制御の公的講演は禁止された。又、自身が西暦1,914年に執筆した「ファミリー・リミテーション」のコピーを没収された。サンガーは、横浜のグランドホテルで仲間と夕食を摂り、其の後は、産児制限活動家の加藤シヅエの自宅(東京府東京市赤坂区)に滞在した。

西暦1,923年1月2日、マーガレット・サンガーが、ニューヨーク市にて「CRB(臨床研究局)」を設立した。西暦1,924年、BSHが、BSH総書記キャサリン・ベメント・デイヴィスの指導の下で、マーガレット・サンガーのCRBでの避妊臨床研究の提案に資金提供を始めた。同年6月、ABCLが、避妊方法の研究資金として、ジョン・ロックフェラー・ジュニアに10,000ドルを要請した。同月13日、ジョン・ロックフェラー・ジュニアの弁護士でロックフェラー財団理事であるレイモンド・B・フォスディックが、ロックフェラー・ジュニアがABCLから避妊方法の研究資金として10,000ドルを要請された事を受けて、提案された研究の重要性を強調しつつ、避妊問題の公衆の認識という繊細な性質を認める書簡を送った。書簡には「個人的に、私は人口の問題が未来の大きな危険の1つを構成すると信じていますし、此れ等の人々が提案する様な路線で何かが行われなければ、私達は子供達に、食料と生活手段を巡る争いが現在知っているものよりも遥かに激しい世界を引き渡す事になるでしょう」という助言が記された。

西暦1,924年6月19日、ジョン・ロックフェラー・ジュニアが、マーガレット・サンガーのABCLでの活動への10,000ドルの寄付を承認した。サンガーは、此の寄付を受ける条件として、CRBの臨床データをCMHに医学研究の為に提出する事となった。CMHは当初、①CRBが避妊具を配布する法的根拠を自由に解釈している(コムストック法では、避妊具の配布や情報提供が制限され、医師は医療目的でのみ避妊を許可されていたが、CRBは此れを広義に解釈し、経済的・社会的理由でも避妊具の配布や情報提供を行なっていた。CMHは此れを、法的リスクが高く、医学的正当性を欠くものと見做した)②女性の医療スタッフが在籍している③ABCLとの結び付きが強く、避妊を社会運動として推進し、宣伝活動を行なっている、の3点を理由にCRBとの協力を拒否していた。サンガーは、CRBの外部の医学的承認を得たいと考え、此れ等の批判に対処する為、CMHに助言を求めた。サンガーは、CMHの提案とロバート・ラットウ・ディキンソンの報告に従い、医療諮問委員会を設置し、CRBを、ABCLの本部が入居している建物から移転し、事務所からの避妊宣伝を止めた。ディキンソンは、信頼できるクリニックデータが不足していた為、初代CRB医療責任者で女医のハンナ・ストーンの広範な記録管理を知り、態度を軟化させた。本書は、此の2年7ヶ月余りに亘る、マーガレット・サンガーのABCL設立と第1回アメリカ産児制限会議を起点とする、ニューヨーク市警察によるタウンホール急襲とニューヨーク大司教パトリック・ジョセフ・ヘイズの圧力、サンガーの横浜港到着と「ファミリー・リミテーション」コピー没収・産児制限活動家加藤シヅエ東京府東京市赤坂区自宅滞在、ニューヨーク市でのCRB設立、BSH総書記キャサリン・ベメント・デイヴィスの指導下のBSHによる資金提供開始、ABCLの10,000ドル要請を経た、ロックフェラー財団理事レイモンド・B・フォスディックの助言を受けたジョン・ロックフェラー・ジュニアの10,000ドル寄付承認とCRB臨床データのCMHへの提出条件、サンガーの医療諮問委員会設置とCRBのABCL本部建物移転、ロバート・ラットウ・ディキンソンの態度軟化迄、ジョン・ロックフェラー・ジュニアが承認したABCLの避妊研究の全過程を、年月日単位で記録した年表である。


登場人物

  • マーガレット・サンガー 本書の中心人物。アメリカの産児制限活動家。西暦1,921年11月10日に「ABCL(アメリカ産児制限連盟)」を設立し、翌11日からプラザホテルで「第1回アメリカ産児制限会議」を主催した。同月13日夜、タウンホールで講演を始めようとした所をニューヨーク市警察に急襲され、無秩序行為の容疑で逮捕された。西暦1,922年3月10日に横浜港に到着、上陸許可後出生制御の公的講演を禁止され、「ファミリー・リミテーション」コピーを没収されたが、産児制限活動家の加藤シヅエの自宅に滞在した。西暦1,923年1月2日にニューヨーク市で「CRB(臨床研究局)」を設立。西暦1,924年6月19日にジョン・ロックフェラー・ジュニアからABCL活動への10,000ドル寄付を承認され、其の条件としてCRBの臨床データをCMHに医学研究の為に提出する事となった。サンガーはCMHの提案とロバート・ラットウ・ディキンソンの報告に従い、医療諮問委員会を設置し、CRBをABCL本部建物から移転、事務所からの避妊宣伝を止めた。
  • ジョン・ロックフェラー・ジュニア 西暦1,924年6月、ABCLから避妊方法の研究資金として10,000ドルを要請された。弁護士でロックフェラー財団理事のレイモンド・B・フォスディックから研究の重要性を強調する書簡による助言を受け、同月19日にマーガレット・サンガーのABCLでの活動への10,000ドルの寄付を承認した。寄付を受ける条件として、CRBの臨床データはCMHに医学研究の為に提出される事となった。
  • レイモンド・B・フォスディック ジョン・ロックフェラー・ジュニアの弁護士でロックフェラー財団理事。西暦1,924年6月13日、ロックフェラー・ジュニアがABCLから避妊方法の研究資金として10,000ドルを要請された事を受けて、提案された研究の重要性を強調しつつ避妊問題の公衆の認識という繊細な性質を認める書簡を送った。「個人的に、私は人口の問題が未来の大きな危険の1つを構成すると信じていますし、此れ等の人々が提案する様な路線で何かが行われなければ、私達は子供達に、食料と生活手段を巡る争いが現在知っているものよりも遥かに激しい世界を引き渡す事になるでしょう」という助言を含んでいた。
  • パトリック・ジョセフ・ヘイズ ニューヨーク大司教。西暦1,921年11月13日夜のニューヨーク市警察によるタウンホール急襲は、ヘイズが圧力を掛けた事によるものであった。サンガーと他の講演者がステージから引き摺り下ろされ、無秩序行為の容疑で逮捕、強制的に講演が中止され、200名以上の聴衆が閉じ込められた。
  • エディス・ホートン・フッカー ボルチモアの活動家。西暦1,921年11月11日からのプラザホテルでの「第1回アメリカ産児制限会議」の主な講演者の1人。
  • ジーガルト・アドルフス・クノップフ パリ大学の医師。西暦1,921年11月11日からのプラザホテルでの「第1回アメリカ産児制限会議」の主な講演者の1人。
  • アリス・バトラー 博士。西暦1,921年11月11日からのプラザホテルでの「第1回アメリカ産児制限会議」の主な講演者の1人。
  • ハロルド・コックス イギリス下院議員。西暦1,921年11月11日からのプラザホテルでの「第1回アメリカ産児制限会議」の主な講演者の1人。
  • 加藤シヅエ 日本の産児制限活動家。西暦1,922年3月10日のマーガレット・サンガーの横浜港到着後、サンガーは加藤シヅエの自宅(東京府東京市赤坂区)に滞在した。
  • キャサリン・ベメント・デイヴィス BSH総書記。西暦1,924年、BSHのマーガレット・サンガーのCRBでの避妊臨床研究の提案への資金提供開始を指導した。
  • ロバート・ラットウ・ディキンソン 産婦人科医でマーガレット・サンガーの協力者。西暦1,924年6月19日のジョン・ロックフェラー・ジュニアの10,000ドル寄付承認後のCMHのCRB協力拒否3理由に対処する為に、サンガーがCMHに求めた助言の報告を担った。信頼できるクリニックデータが不足していた為、初代CRB医療責任者で女医のハンナ・ストーンの広範な記録管理を知り、態度を軟化させた。
  • ハンナ・ストーン 初代CRB医療責任者で女医。広範な記録管理を行なっており、此れを知ったロバート・ラットウ・ディキンソンの態度を軟化させた。

主要な概念・組織

  • ABCL(アメリカ産児制限連盟) 本書の中心となる組織。西暦1,921年11月10日、マーガレット・サンガーによって設立された。翌11日からプラザホテルで「第1回アメリカ産児制限会議」を開催。西暦1,924年6月にジョン・ロックフェラー・ジュニアに避妊方法の研究資金として10,000ドルを要請、同月19日に承認された。承認の条件として、CRBの臨床データはCMHに医学研究の為に提出される事となった。当初CRBはABCL本部が入居している建物に入っていたが、CMHの提案を受けたサンガーにより別建物へ移転された。
  • 第1回アメリカ産児制限会議 西暦1,921年11月11日から7日間の予定で、プラザホテル(アメリカのニューヨーク州ニューヨーク市5番街)にて開催された会議。マーガレット・サンガーを主催者とし、医師・学術者・科学者・社会改革者等が集まり、産児制限の知識共有と推進を目的とした。最初の3日間はメインセッション、其の後の4日間は関連イベントや小規模ミーティングが行なわれた。主な議題は、無制御な繁殖の危険性と世界的な産児制限プログラムの必要性、科学者等の発見の共有(非行・欠陥・依存との関係)、母親への衛生・生理的指導と無害な避妊方法の紹介、不妊手術の奨励(精神異常者や遺伝疾患者向け)、教師・牧師・編集者への啓発教育プログラム、劣性繁殖を奨励する法の廃止、州レベルの支援とクリニック設立、人口問題・食料供給・国家紛争との関連に於ける国際協力の8項目。講演者はボルチモアの活動家エディス・ホートン・フッカー、パリ大学医師ジーガルト・アドルフス・クノップフ、博士アリス・バトラー、イギリス下院議員ハロルド・コックス、ブロードウェイ女優等であった。
  • タウンホール急襲事件 西暦1,921年11月13日夜、ニューヨーク市警察が、タウンホール(アメリカのニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン区43番通り)にて、マーガレット・サンガーが講演を始めようとした所を急襲した事件。ドアをブロックし、サンガーと他の講演者をステージから引き摺り下ろし、無秩序行為の容疑で逮捕した。ニューヨーク大司教パトリック・ジョセフ・ヘイズが圧力を掛けた事によるもので、サンガーは憲法の下で集会の権利があると主張したものの、強制的に講演が中止され、200名以上の聴衆が閉じ込められた。
  • マーガレット・サンガー横浜訪問 西暦1,922年3月10日、マーガレット・サンガーが横浜港に到着した出来事。数時間の拘束の末に上陸許可が出たが、出生制御の公的講演は禁止された。又、サンガーが西暦1,914年に執筆した「ファミリー・リミテーション」のコピーを没収された。サンガーは、横浜のグランドホテルで仲間と夕食を摂り、其の後は、産児制限活動家の加藤シヅエの自宅(東京府東京市赤坂区)に滞在した。
  • CRB(臨床研究局) 西暦1,923年1月2日、マーガレット・サンガーがニューヨーク市にて設立した研究機関。西暦1,924年、BSHが、BSH総書記キャサリン・ベメント・デイヴィスの指導の下で、CRBでの避妊臨床研究の提案に資金提供を始めた。同年6月19日のジョン・ロックフェラー・ジュニアの10,000ドル寄付承認以降、CRBの臨床データはCMHに医学研究の為に提出される事となった。CMHは当初、CRBが避妊具を配布する法的根拠を自由に解釈している事、女性の医療スタッフが在籍している事、ABCLとの結び付きが強く避妊を社会運動として推進し宣伝活動を行なっている事の3点を理由にCRBとの協力を拒否していた。サンガーはCMHの提案とロバート・ラットウ・ディキンソンの報告に従い、CRBをABCLの本部が入居している建物から移転し、事務所からの避妊宣伝を止めた。初代医療責任者は女医のハンナ・ストーン。
  • 「ファミリー・リミテーション」 西暦1,914年にマーガレット・サンガーが執筆した著作。西暦1,922年3月10日のサンガーの横浜港到着時に、コピーが没収された。
  • ロックフェラー・ジュニアの10,000ドル寄付承認 西暦1,924年6月19日、ジョン・ロックフェラー・ジュニアがマーガレット・サンガーのABCLでの活動への10,000ドルの寄付を承認した出来事。前段として、同年6月にABCLからの研究資金要請が有り、同月13日に弁護士でロックフェラー財団理事のレイモンド・B・フォスディックから「個人的に、私は人口の問題が未来の大きな危険の1つを構成すると信じていますし、此れ等の人々が提案する様な路線で何かが行われなければ、私達は子供達に、食料と生活手段を巡る争いが現在知っているものよりも遥かに激しい世界を引き渡す事になるでしょう」という助言の書簡が送られていた。寄付を受ける条件として、CRBの臨床データはCMHに医学研究の為に提出される事となり、サンガーは医療諮問委員会を設置し、CRBをABCLの本部建物から移転、事務所からの避妊宣伝を止めた。
  • CMH(母体健康委員会)とCMH協力拒否3理由 CRBの臨床データの提出先となった委員会。CMHは当初、①CRBが避妊具を配布する法的根拠を自由に解釈している事(コムストック法では、避妊具の配布や情報提供が制限され、医師は医療目的でのみ避妊を許可されていたが、CRBは此れを広義に解釈し、経済的・社会的理由でも避妊具の配布や情報提供を行なっていた事をCMHは法的リスクが高く医学的正当性を欠くものと見做した)②女性の医療スタッフが在籍している事③ABCLとの結び付きが強く、避妊を社会運動として推進し、宣伝活動を行なっている事、の3点を理由にCRBとの協力を拒否していた。サンガーはCRBの外部の医学的承認を得たいと考え、CMHに助言を求めた。
  • BSH(社会衛生局) 西暦1,924年、BSH総書記キャサリン・ベメント・デイヴィスの指導の下で、マーガレット・サンガーのCRBでの避妊臨床研究の提案に資金提供を始めた機関。
  • コムストック法 避妊具の配布や情報提供を制限する法律。医師は医療目的でのみ避妊を許可されていたが、CRBは此れを広義に解釈し、経済的・社会的理由でも避妊具の配布や情報提供を行なっていた。CMHは此れを法的リスクが高く医学的正当性を欠くものと見做し、CRBとの協力拒否の主要な理由の1つとした。

マーガレット・サンガーの「ABCL(アメリカ産児制限連盟)」設立、プラザホテル「第1回アメリカ産児制限会議」7日間開催とマーガレット・サンガー主催・医師・学術者・科学者・社会改革者集結・産児制限知識共有と推進目的並びにボルチモア活動家エディス・ホートン・フッカー・パリ大学医師ジーガルト・アドルフス・クノップフ・博士アリス・バトラー・イギリス下院議員ハロルド・コックス・ブロードウェイ女優講演、ニューヨーク市警察タウンホールマーガレット・サンガー講演開始急襲とドアブロック・サンガー他講演者ステージ引き摺り下ろし・無秩序行為容疑逮捕並びにニューヨーク大司教パトリック・ジョセフ・ヘイズ圧力・サンガー憲法集会権利主張・強制講演中止・200名以上聴衆閉じ込め、マーガレット・サンガー横浜港到着と数時間拘束後上陸許可・出生制御公的講演禁止・西暦1,914年執筆「ファミリー・リミテーション」コピー没収並びに横浜グランドホテル夕食・産児制限活動家加藤シヅエ東京府東京市赤坂区自宅滞在、マーガレット・サンガーのニューヨーク市「CRB(臨床研究局)」設立、BSH総書記キャサリン・ベメント・デイヴィス指導下のBSHマーガレット・サンガーCRB避妊臨床研究提案資金提供開始、ABCLのジョン・ロックフェラー・ジュニア避妊方法研究資金10,000ドル要請、ジョン・ロックフェラー・ジュニア弁護士ロックフェラー財団理事レイモンド・B・フォスディックの研究重要性強調・避妊問題公衆認識繊細性質認める助言書簡と「人口問題未来大きな危険・食料生活手段巡る争い現在より遥かに激しい世界引き渡し」内容、ジョン・ロックフェラー・ジュニアのマーガレット・サンガーABCL活動10,000ドル寄付承認とCRB臨床データCMH医学研究提出条件並びにCMHのCRB協力拒否3理由(CRB避妊具配布法的根拠自由解釈・女性医療スタッフ在籍・ABCL結び付き避妊社会運動推進宣伝活動)及びサンガー医療諮問委員会設置・CRBABCL本部建物移転・事務所避妊宣伝停止・ロバート・ラットウ・ディキンソン初代CRB医療責任者女医ハンナ・ストーン広範記録管理認識態度軟化迄──
マーガレット・サンガーのABCL設立と第1回アメリカ産児制限会議を起点に、ニューヨーク市警察によるタウンホール急襲とニューヨーク大司教パトリック・ジョセフ・ヘイズの圧力、サンガーの横浜港到着と加藤シヅエ赤坂区自宅滞在、ニューヨーク市でのCRB設立、BSH総書記キャサリン・ベメント・デイヴィス指導下の資金提供開始、ABCLの10,000ドル要請を経て、ロックフェラー財団理事レイモンド・B・フォスディックの助言を受けたジョン・ロックフェラー・ジュニアの10,000ドル寄付承認とCRB臨床データのCMH提出条件・サンガーの医療諮問委員会設置に至った、ジョン・ロックフェラー・ジュニアが承認したABCLの避妊研究の系譜を年月日単位で追跡した一冊。

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AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「一元化」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
YouTubeとニコニコでも情報を発信中。