電子書籍「ジョン・ロックフェラー・ジュニアが承認したアメリカ産児制限連盟の避妊研究一元化」の表紙

ジョン・ロックフェラー・ジュニアが承認した
アメリカ産児制限連盟の避妊研究
一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦1,921年11月10日〜1,924年6月19日頃
ページ数
5ページ
最新更新日
西暦2,026年7月20日

西暦1,921年、産児制限は科学と制度を求めた──
ロックフェラーの資金が流れ込むまでの二年七ヶ月を一元化。

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本書について

西暦1,921年11月10日、アメリカの産児制限活動家マーガレット・サンガーが「アメリカ産児制限連盟(ABCL)」を設立した。翌11日、ニューヨーク市5番街のプラザホテルでは、彼女を主催者とする「第1回アメリカ産児制限会議」が七日間の予定で幕を開ける。医師・学者・科学者・社会改革者が集い、無害な避妊法の紹介と共に、無制御な繁殖の危険性、精神異常者や遺伝疾患者への不妊手術の奨励、劣性繁殖を奨励する法の廃止といった、優生思想に彩られた議題が並んだ。産児制限は、一個人の運動から、科学と制度の裏付けを求める段階へと踏み出そうとしていた——本書は、此のABCL設立と第1回会議を起点に、其の運動の研究部門へジョン・ロックフェラー・ジュニアの資金が流れ込むまでの二年七ヶ月余りを、年月日単位で一元化した記録である。

だが、運動には強い逆風もあった。同月13日の夜、サンガーがマンハッタン区43番通りのタウンホールで講演を始めようとした矢先、ニューヨーク市警察が会場を急襲する。警官はドアをふさぎ、サンガーと講演者たちをステージから引き摺り下ろし、無秩序行為の容疑で逮捕した。背後には、ニューヨーク大司教パトリック・ジョセフ・ヘイズの圧力があった。サンガーは憲法の保障する集会の権利を訴えたが、講演は強制的に中止され、200名を超える聴衆が会場に閉じ込められたままとなった。

運動の波は海を越える。西暦1,922年3月10日、サンガーは横浜港に到着した。数時間の拘束の末に上陸は許されたものの、出生制御についての公的な講演は禁じられ、西暦1,914年に自ら著した「ファミリー・リミテーション」のコピーは没収された。彼女は横浜のグランドホテルで仲間と夕食を共にし、其の後は、日本の産児制限活動家・加藤シヅエの東京府東京市赤坂区の自宅に身を寄せた。

そして西暦1,923年1月2日、サンガーはニューヨーク市に「臨床研究局(CRB)」を設立する。運動は、避妊の臨床データを積み上げる研究の段階へと軸足を移していった。翌西暦1,924年、社会衛生局(BSH)が、総書記キャサリン・ベメント・デイヴィスの指導の下、CRBでの避妊臨床研究の提案に資金を投じ始める。研究には、金が要った。

同年6月、ABCLは避妊法の研究資金として、ジョン・ロックフェラー・ジュニアに10,000ドルを要請した。同月13日、ロックフェラー・ジュニアの弁護士でロックフェラー財団理事のレイモンド・B・フォスディックは、この研究の重要性を強調しつつ、避妊問題が公衆の目にどう映るかという繊細さをも認める書簡を送る。そこには、人口の問題こそが未来の大きな危険の1つを構成する、という彼自身の危惧が綴られていた。そして同月19日、ロックフェラー・ジュニアは、サンガーのABCLでの活動への10,000ドルの寄付を承認する。表題が指す「承認」とは、此の一件である。

だが、この寄付には条件が付いていた。サンガーは、CRBの臨床データを医学研究の為に母体健康委員会(CMH)へ提出する事を求められたのである。CMHは当初、CRBが避妊具を配布する法的根拠を——医療目的に限るコムストック法を広義に解釈し、経済的・社会的理由でも配布する形で——自由に解釈している事、女性の医療スタッフが在籍している事、ABCLとの結び付きが強く避妊を社会運動として宣伝している事の三点を理由に、協力を拒んでいた。外部からの医学的な承認を得たいと考えたサンガーは、CMHの提案とロバート・ラットウ・ディキンソンの報告に従い、医療諮問委員会を設け、CRBをABCL本部の入る建物から移し、事務所からの避妊宣伝を止めた。ディキンソンもまた、初代CRB医療責任者である女医ハンナ・ストーンの広範な記録を知って、態度を軟化させてゆく。運動として始まった産児制限が、ロックフェラーの資金を得て医学の装いをまとい、制度の中へ組み込まれてゆく——その全過程を、本書は一冊に束ねている。


登場人物

  • マーガレット・サンガー 本書の中心人物。アメリカの産児制限活動家。西暦1,921年11月にアメリカ産児制限連盟(ABCL)を設立し、第1回アメリカ産児制限会議を主催した。タウンホールでの講演を警察に急襲されて逮捕され、翌年には来日して横浜に上陸している。西暦1,923年にCRB(臨床研究局)を設け、西暦1,924年6月にはジョン・ロックフェラー・ジュニアから10,000ドルの寄付承認を得た。
  • ジョン・ロックフェラー・ジュニア 大富豪ジョン・D・ロックフェラーの子息。西暦1,924年6月、ABCLから避妊法の研究資金10,000ドルを要請され、弁護士フォスディックの助言を経て、同月19日に其の寄付を承認した。承認の条件として、CRBの臨床データはCMHへ提出される事となった。表題が指す「承認」の主体。
  • レイモンド・B・フォスディック ジョン・ロックフェラー・ジュニアの弁護士であり、ロックフェラー財団の理事。西暦1,924年6月13日、10,000ドルの研究資金要請を受けて、研究の重要性と避妊問題の繊細さを併せて説く書簡を送り、人口問題を「未来の大きな危険の1つ」と評した。
  • パトリック・ジョセフ・ヘイズ ニューヨーク大司教。西暦1,921年11月13日、タウンホールでのサンガーの講演を中止に追い込んだ市警の急襲は、彼の圧力によるものであった。
  • キャサリン・ベメント・デイヴィス 社会衛生局(BSH)総書記。西暦1,924年、BSHによるサンガーのCRBでの避妊臨床研究への資金提供の開始を指導した。
  • ロバート・ラットウ・ディキンソン 産婦人科医で、サンガーの協力者。ロックフェラー・ジュニアの寄付承認後、CMHがCRBとの協力を拒んだ事への対処を助言・報告した。初代CRB医療責任者ハンナ・ストーンの広範な記録を知り、態度を軟化させた。
  • ハンナ・ストーン 初代CRB医療責任者を務めた女医。避妊症例の広範な記録を管理しており、其の記録が、懐疑的だったディキンソンの態度を軟化させる契機となった。
  • 加藤シヅエ 日本の産児制限活動家。西暦1,922年3月、来日したサンガーは、横浜港到着の後、東京府東京市赤坂区の加藤シヅエの自宅に滞在した。
  • エディス・ホートン・フッカー ボルチモアの活動家。西暦1,921年11月、プラザホテルで開かれた第1回アメリカ産児制限会議の主な講演者の1人。
  • ジーガルト・アドルフス・クノップフ パリ大学の医師。西暦1,921年11月、プラザホテルで開かれた第1回アメリカ産児制限会議の主な講演者の1人。
  • アリス・バトラー 博士。西暦1,921年11月、プラザホテルで開かれた第1回アメリカ産児制限会議の主な講演者の1人。
  • ハロルド・コックス イギリス下院議員。西暦1,921年11月、プラザホテルで開かれた第1回アメリカ産児制限会議の主な講演者の1人。

主要な組織・概念

  • ABCL(アメリカ産児制限連盟) 本書の中心となる組織。西暦1,921年11月10日、マーガレット・サンガーが設立した。翌日から第1回アメリカ産児制限会議を主催し、西暦1,924年6月にはジョン・ロックフェラー・ジュニアへ避妊研究資金10,000ドルを要請、同月19日に承認を得た。
  • 第1回アメリカ産児制限会議 西暦1,921年11月11日から七日間、プラザホテル(ニューヨーク市5番街)で開かれた会議。サンガーを主催者に、医師・学者・科学者・社会改革者が集い、無害な避妊法の紹介から、精神異常者や遺伝疾患者への不妊手術の奨励、劣性繁殖を奨励する法の廃止まで、優生思想を含む八つの議題が並んだ。
  • タウンホール急襲事件 西暦1,921年11月13日夜、ニューヨーク市警察が、タウンホールでサンガーが講演を始めようとした所を急襲した事件。ニューヨーク大司教ヘイズの圧力によるもので、講演は強制的に中止され、200名を超える聴衆が閉じ込められた。
  • サンガーの横浜訪問 西暦1,922年3月10日、来日したサンガーが横浜港に上陸した出来事。出生制御の公的講演は禁じられ、著作「ファミリー・リミテーション」のコピーは没収された。以後、東京の加藤シヅエ宅に滞在した。
  • CRB(臨床研究局) 西暦1,923年1月2日、サンガーがニューヨーク市に設立した研究機関。避妊の臨床データを蓄積する運動の研究部門で、ロックフェラーの寄付承認後は、その臨床データがCMHへ提出される事となった。初代医療責任者は女医ハンナ・ストーン。
  • コムストック法 避妊具の配布や情報提供を制限する法律。医師には医療目的でのみ避妊が許されていたが、CRBは之を広く解釈し、経済的・社会的な理由でも配布や情報提供を行った。CMHが協力を拒んだ主要な理由の1つ。
  • 社会衛生局(BSH) 西暦1,924年、総書記キャサリン・ベメント・デイヴィスの指導の下、サンガーのCRBでの避妊臨床研究の提案に資金提供を始めた機関。ロックフェラーの寄付に先立つ、初期の資金源。
  • 母体健康委員会(CMH) ロックフェラーの寄付を機に、CRBの臨床データの提出先となった委員会。当初は、コムストック法の広義な解釈、女性医療スタッフの在籍、ABCLとの強い結び付きの三点を理由に、CRBとの協力を拒んでいた。
  • ロックフェラー・ジュニアの10,000ドル寄付承認 西暦1,924年6月19日、ジョン・ロックフェラー・ジュニアがサンガーのABCLでの活動への10,000ドルの寄付を承認した出来事。フォスディックの書簡による助言を経たもので、CRBの臨床データをCMHへ提出する事が条件とされた。本書が到達する結節点。

サンガーのABCL設立から10,000ドルの寄付承認まで──
ジョン・ロックフェラー・ジュニアが承認した避妊研究の全過程を一元化。

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AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「トキジク」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
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