電子書籍「コロンブスの先住民大量殺人一元化」の表紙

コロンブスの
先住民大量殺人
一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦1,483年頃〜1,498年7月30日
ページ数
14ページ
最新更新日
西暦2,025年11月18日

西暦1,483年、海の彼方はまだ未知だった──
コロンブスの航海とタイノ族絶滅の十五年を一元化。

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皇室献上品 高級トイレットペーパー
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本書について

西暦1,483年、大西洋を西へ渡ってアジアへ到達するという航海計画が、ポルトガル王ジョアン2世の前で披露された。計画を携えていたのは、クリストファー・コロンブス。第4代アヴィス王朝の王が諮った数学者委員会は、此れを拒否した──だが此処から、承認までの九年と、「新大陸発見」の栄光、そして其の裏で進行した先住民の絶滅までを含む、十五年の航跡が始まる。本書は、コロンブスの航海計画の立案・承認・実施・植民地建設、そしてイスパニョーラ島タイノ族の酷使と虐殺に至る全過程を、年月日単位で一本の時系列に貫いて一元化した記録である。

ポルトガルに拒まれたコロンブスは、西暦1,485年、長男ディエゴ・コロンを連れてスペインへ渡る。サンタ・マリア・デ・ラ・ラビーダ修道院長の神父フアン・ペレス・デ・マルチェーネとの邂逅を転機に、第5代メディナセリ公爵ルイス・デ・ラ・セルダの後援を得、遂にカスティーリャ女王イサベル1世への謁見に漕ぎ着ける。だが計画は、エルナンド・デ・タラベラを中心とする諮問委員会で幾度も審議に付され、否決を重ねた。弟バルトロメ・デ・ラス・カサスはヘンリー7世やシャルル8世に援助を求めてフランスへ渡り、コロンブス自身も一度はグラナダを去る。全てを覆したのは、アラゴン王国財務大臣ルイス・ド・サンタンヘルの一言であった。「費用は自分が都合する」と説くサンタンヘルにイサベル1世は翻意し、西暦1,492年4月17日、サンタ・フェ協約が結ばれる。

此の協約が定めた条件こそ、以後の悲劇の設計図であった。コロンブスは発見した土地の終身提督となり、其の地位は相続され、副王及び総督として統治し、提督領から得られる純利益の10%を取り分とする──。サンタンヘルの1,140,000マラベディを筆頭に、警察組織サンタ・エルマンダー、アラゴン王国、そしてコロンブス自身の借金によって資金は集められ、西暦1,492年8月3日、一行87名はサンタ・マリア号・ニーニャ号・ピンタ号の3隻でパロス・デ・ラ・フロンテーラを出港した。同年10月12日未明、大西洋を横断した一行はサン・サルバドル島に到達し、キューバを経て、「スペインのように美しい」島をイスパニョーラと名付ける。停泊地の先住民タイノ族は、彼らを歓迎した。

歓迎は、長くは続かなかった。西暦1,493年、17隻1,500名を率いた第2回航海で、コロンブスは前回残した植民39名が全滅していた事を知り、モンテ・クリスティの近くに植民地イサベラを再建する。ここを拠点に始まったのは、金の採掘の為のタイノ族の酷使と、抵抗する者の虐殺であった。数十万から100万名いたとされる同島のタイノ族は、コロンブス到達から50年後には数百名に減少し、後に絶滅する。書名が指し示す「先住民大量殺人」とは、此の一連の過程を指している。

西暦1,496年、コロンブスは弟バルトロメを副総督として島に残し帰国の途に就く。西暦1,498年、第3回航海で現在のベネズエラ・オリノコ川の河口に上陸し、小アンティル諸島最南端の島を「トリニダ」と名付けるところまで、本書の記録は続く。イサベル1世、フェルナンド2世、ルイス・ド・サンタンヘル、バルトロメ・デ・ラス・カサス──大航海時代の幕を開いた者たちが、提督領10%の利益と副王・総督職という権益を巡って結ばれ、「新大陸発見」と一つの民族の絶滅とが不可分の一続きの出来事であった事を、本書は年月日単位で示している。


登場人物

  • クリストファー・コロンブス 本書の中心人物。大西洋を西回りしてアジアへ到達する航海計画を立案。サンタ・フェ協約により発見地の終身提督・副王・総督の地位と純利益10%の取り分を獲得した。第2回航海以降、イスパニョーラ島でタイノ族を金の採掘に酷使し、抵抗する者を虐殺した。
  • ディエゴ・コロン クリストファー・コロンブスの長男。西暦1,485年にコロンブスと共にパロス・デ・ラ・フロンテーラへ到着し、サンタ・マリア・デ・ラ・ラビーダ修道院に預けられた。
  • バルトロメ・デ・ラス・カサス クリストファー・コロンブスの弟。西暦1,488年、ヘンリー7世とシャルル8世への援助依頼の為フランスへ出発した。第2回航海に同行し、西暦1,496年からはイスパニョーラ島の副総督を務めた。
  • ペドロ・デ・ラス・カサス クリストファー・コロンブスの父。西暦1,493年9月に出港した第2回航海に同行した。
  • イサベル1世 トラスタマラ朝カスティーリャ女王。エルナンド・デ・タラベラの諮問委員会で否決された後、ルイス・ド・サンタンヘルの説得により考えを変えてコロンブスの提案を実施。1,000,000マラベディの援助を決定し、航海をバックアップした。
  • フェルナンド2世 アラゴン王。コロンブスの航海計画には全く関心が無かったが、最終的にイサベル1世の決定に同意した。
  • ジョアン2世 第4代アヴィス王朝のポルトガル王。西暦1,483年、コロンブスから航海計画を願い出られたが、審議した数学者委員会が此れを拒否した。
  • ヘンリー7世 初代テューダー朝のイングランド王。西暦1,488年にバルトロメ・デ・ラス・カサスから航海援助の依頼を受けたが、援助の取り付けには至らなかった。
  • シャルル8世 第7代ヴァロワ朝のフランス王。西暦1,488年にバルトロメ・デ・ラス・カサスから航海援助の依頼を受けたが、援助の取り付けには至らなかった。
  • アンヌ・ド・ボージュー シャルル8世の姉。バルトロメ・デ・ラス・カサスを歓待し、フォンテーヌブローの宮殿に数年間滞在させた。
  • フアン・ペレス・デ・マルチェーネ サンタ・マリア・デ・ラ・ラビーダ修道院長の神父。コロンブスの航海計画に感銘を受けてアントニオ・マルチェーナを紹介した。西暦1,491年にはイサベル1世に再請願する様コロンブスを説得し、王室への再検討を促した。
  • アントニオ・マルチェーナ セビリアの神父。フアン・ペレス・デ・マルチェーネからコロンブスを紹介された。
  • ルイス・デ・ラ・セルダ 第5代メディナセリ公爵。コロンブスの航海計画に興味を持ち、数隻の船や食料など3,000~4,000ドゥカート相当の物資の準備に合意した。後にコロンブスへ航海資金の一部を貸し付けた。
  • エンリケ・デ・グスマン スペイン貴族メディナ・シドニア家。西暦1,485年にコロンブスと面会する機会を得た人物の一人。
  • エルナンド・デ・タラベラ イサベル1世の懺悔聴聞師で神父。地理や財政の専門家から成る諮問委員会の中心人物としてコロンブスの航海計画を審議。否定的意見が多数を占める中で結論を引き延ばしていた。
  • ディエゴ・デ・デサ カトリック修道会ドミニコ会の人物。エルナンド・デ・タラベラと共に、航海計画の結論を引き延ばしていた。
  • セバスチャン・ロドリゲス イサベル1世の側近。フアン・ペレス・デ・マルチェーネを経由して王室にコロンブス航海計画の再検討を促した。
  • ルイス・ド・サンタンヘル アラゴン王国の財務大臣。西暦1,492年2月、イサベル1世に「援助費用は航海で得られるものに比べると少なく、費用は自分が都合する」と説得し、計画決定を引き出した。航海資金1,140,000マラベディを提供した。
  • フランチェスコ・ピネリ 警察組織サンタ・エルマンダーの経理担当。コロンブスの航海資金として260,000マラベディを提供した。
  • ベラルディ セビリアの銀行家。コロンブスが自己負担分250,000マラベディの一部を借金した相手の一人。
  • ガカナガリック イスパニョーラ島の酋長。第1回航海でコロンブスに金銭と土産を渡した。

登場組織

  • トラスタマラ朝カスティーリャ イサベル1世が女王として統治した王国。コロンブスの航海計画を最終的に承認してサンタ・フェ協約を締結した。提督領の純利益10%をコロンブスに与え、新大陸植民地化の最上位に位置した。
  • アラゴン王国 フェルナンド2世が国王の王国。財務大臣ルイス・ド・サンタンヘルの説得により、コロンブスの航海資金として350,000マラベディを提供した。
  • アヴィス王朝 第4代王ジョアン2世が統治するポルトガル王朝。西暦1,483年に最初にコロンブスから航海計画を提案されたが、数学者委員会が拒否した。
  • 諮問委員会 エルナンド・デ・タラベラを中心とする、地理や財政の専門家から成る委員会。コロンブスの航海計画を複数回に渡り審議し、西暦1,490年に否決。西暦1,492年2月の再審議でも否決した。
  • カスティーリャ枢機院 西暦1,491年8月以降、コロンブスの航海計画の検討が移管された王室機関。
  • ドミニコ会 カトリック修道会。ディエゴ・デ・デサがエルナンド・デ・タラベラと共に、航海計画の結論を引き延ばす役割を果たした。
  • サンタ・マリア・デ・ラ・ラビーダ修道院 パロス・デ・ラ・フロンテーラの修道院。院長フアン・ペレス・デ・マルチェーネを通じて、コロンブスとイサベル1世の謁見を実現させた。長男ディエゴ・コロンが預けられた場所でもある。
  • サンタ・エルマンダー スペインの警察組織。経理担当フランチェスコ・ピネリがコロンブスの航海資金として260,000マラベディを提供した。
  • タイノ族 イスパニョーラ島の先住民。第1回航海では停泊する所々でコロンブス一行を歓迎したが、第2回航海以降は金の採掘の為に酷使され、抵抗する者は虐殺された。数十万から100万名いた人口は50年後には数百名に減少し、後に絶滅した。
  • サンタ・マリア号 第1回航海でコロンブス一行が乗船した3隻の船の旗艦。西暦1,492年8月3日にパロス・デ・ラ・フロンテーラを出港した。
  • ニーニャ号 第1回航海の3隻のうちの1隻。西暦1,493年1月、コロンブスがスペインへ航海報告に向かう際にも乗船した。
  • ピンタ号 第1回航海の3隻のうちの1隻。西暦1,492年8月3日にパロス・デ・ラ・フロンテーラを出港した。
  • イサベラ植民地 第2回航海で前回の植民39名が全滅していた為、モンテ・クリスティの近くに再建された植民地。コロンブスはイサベル1世にちなんで命名し、ここを拠点に金鉱とアジアへの経路の探索を開始した。

航海計画から第3回航海まで──
コロンブスとタイノ族の絶滅、その全軌跡を一元化。

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AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「トキジク」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
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