コロンブスの
先住民大量殺人一元化
「新大陸発見」の影で進行した、タイノ族絶滅の全工程。
JPY 200(税込)
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本書について
西暦1483年、クリストファー・コロンブスがポルトガル王ジョアン2世に大西洋を西回りしてアジアへ到達する航海計画を願い出た時から、西暦1498年7月、第3回航海でオリノコ川河口に上陸するまで。本書は、コロンブスの航海計画の立案・承認・実施・植民地建設、そしてイスパニョーラ島タイノ族の酷使と虐殺に至る過程を一本の時系列に貫き、一元化した一冊である。
ポルトガル数学者委員会による拒否から始まったコロンブスの航海計画は、サンタ・マリア・デ・ラ・ラビーダ修道院長フアン・ペレス・デ・マルチェーネとの邂逅を転機として、第5代メディナセリ公爵ルイス・デ・ラ・セルダの後援を得る。エルナンド・デ・タラベラを中心とする諮問委員会で否決を重ねた末、アラゴン王国財務大臣ルイス・ド・サンタンヘルの説得によりカスティーリャ女王イサベル1世が決断、西暦1492年4月17日のサンタ・フェ協約締結に至るまでの政治力学を年月日単位で記録する。
さらに本書は、サンタ・マリア号・ニーニャ号・ピンタ号の3隻によるパロス・デ・ラ・フロンテーラ出港、サン・サルバドル島到達、キューバ・イスパニョーラ島上陸の航路、そして第2回航海以降に植民地イサベラを拠点として始まったタイノ族への金の採掘の強要と抵抗者の虐殺の実態を明らかにする。同島で数十万から100万名いたとされるタイノ族は、コロンブス到達から50年後には数百名に減少し、後に絶滅した。
イサベル1世・フェルナンド2世・ルイス・ド・サンタンヘル・バルトロメ・デ・ラス・カサス──大航海時代の幕を開いた人物たちが、提督領10%の純利益と副王・総督職という権益を巡って結ばれていく過程を、年月日単位で記録した年表である。
登場人物
- クリストファー・コロンブス 大西洋を西回りしてアジアへ到達する航海計画を立案。サンタ・フェ協約により発見地の終身提督・副王・総督の地位と純利益10%の取り分を獲得。第2回航海以降、イスパニョーラ島でタイノ族を酷使し、抵抗者を虐殺した。
- ディエゴ・コロン クリストファー・コロンブスの長男。西暦1485年にコロンブスと共にパロス・デ・ラ・フロンテーラへ到着し、サンタ・マリア・デ・ラ・ラビーダ修道院に預けられた。
- バルトロメ・デ・ラス・カサス クリストファー・コロンブスの弟。西暦1488年、ヘンリー7世とシャルル8世への援助依頼の為フランスへ出発。第2回航海に同行し、西暦1496年からはイスパニョーラ島の副総督を務めた。
- ペドロ・デ・ラス・カサス クリストファー・コロンブスの父。西暦1493年9月の第2回航海に同行した。
- イサベル1世 トラスタマラ朝カスティーリャ女王。エルナンド・デ・タラベラの諮問委員会で否決された後、ルイス・ド・サンタンヘルの説得により考えを変え、コロンブスの提案を実施。1,000,000マラベディの援助を決定し、航海をバックアップした。
- フェルナンド2世 アラゴン王。コロンブスの航海計画には全く関心が無かったが、最終的にイサベル1世の決定に同意した。
- ジョアン2世 第4代アヴィス王朝のポルトガル王。西暦1483年、コロンブスから航海計画を願い出られたが、審議した数学者委員会が此れを拒否した。
- ヘンリー7世 初代テューダー朝のイングランド王。西暦1488年にバルトロメ・デ・ラス・カサスから航海援助の依頼を受けたが、援助の取り付けには至らなかった。
- シャルル8世 第7代ヴァロワ朝のフランス王。西暦1488年にバルトロメ・デ・ラス・カサスから航海援助の依頼を受けたが、援助の取り付けには至らなかった。
- アンヌ・ド・ボージュー シャルル8世の姉。バルトロメ・デ・ラス・カサスを歓待し、フォンテーヌブローの宮殿に数年間滞在させた。
- フアン・ペレス・デ・マルチェーネ サンタ・マリア・デ・ラ・ラビーダ修道院長の神父。コロンブスの航海計画に感銘を受け、アントニオ・マルチェーナを紹介。西暦1491年にはイサベル1世に再請願する様コロンブスを説得し、王室への再検討を促した。
- アントニオ・マルチェーナ セビリアの神父。フアン・ペレス・デ・マルチェーネからコロンブスを紹介された。
- ルイス・デ・ラ・セルダ 第5代メディナセリ公爵。コロンブスの航海計画に興味を持ち、数隻の船や食料など3,000~4,000ドゥカート相当の物資の準備に合意。後にコロンブスへ航海資金の一部を貸し付けた。
- エンリケ・デ・グスマン スペイン貴族メディナ・シドニア家。西暦1485年にコロンブスと面会する機会を得た人物の一人。
- エルナンド・デ・タラベラ イサベル1世の懺悔聴聞師で神父。地理や財政の専門家から成る諮問委員会の中心人物として、コロンブスの航海計画を審議。否定的意見が多数を占める中、結論を引き延ばしていた。
- ディエゴ・デ・デサ カトリック修道会ドミニコ会の人物。エルナンド・デ・タラベラと共に、航海計画の結論を引き延ばしていた。
- セバスチャン・ロドリゲス イサベル1世の側近。フアン・ペレス・デ・マルチェーネを経由して王室にコロンブス航海計画の再検討を促した。
- ルイス・ド・サンタンヘル アラゴン王国の財務大臣。西暦1492年2月、イサベル1世に「援助費用は航海で得られるものに比べると少なく、費用は自分が都合する」と説得し、計画決定を引き出した。航海資金1,140,000マラベディを提供。
- フランチェスコ・ピネリ 警察組織サンタ・エルマンダーの経理担当。コロンブスの航海資金として260,000マラベディを提供した。
- ベラルディ セビリアの銀行家。コロンブスが自己負担分250,000マラベディの一部を借金した相手の一人。
- ガカナガリック イスパニョーラ島の酋長。第1回航海でコロンブスに金銭と土産を渡した。
登場組織
- トラスタマラ朝カスティーリャ イサベル1世が女王として統治した王国。コロンブスの航海計画を最終的に承認し、サンタ・フェ協約を締結。提督領の純利益10%をコロンブスに与え、新大陸植民地化の最上位に位置した。
- アラゴン王国 フェルナンド2世が国王の王国。財務大臣ルイス・ド・サンタンヘルの説得により、コロンブスの航海資金として350,000マラベディを提供した。
- アヴィス王朝 第4代王ジョアン2世が統治するポルトガル王朝。西暦1483年に最初にコロンブスから航海計画を提案されたが、数学者委員会が拒否した。
- 諮問委員会 エルナンド・デ・タラベラを中心とする、地理や財政の専門家から成る委員会。コロンブスの航海計画を複数回に渡り審議し、西暦1490年に否決。西暦1492年2月の再審議でも否決した。
- カスティーリャ枢機院 西暦1491年8月以降、コロンブスの航海計画の検討が移管された王室機関。
- ドミニコ会 カトリック修道会。ディエゴ・デ・デサがエルナンド・デ・タラベラと共に、航海計画の結論を引き延ばす役割を果たした。
- サンタ・マリア・デ・ラ・ラビーダ修道院 パロス・デ・ラ・フロンテーラの修道院。院長フアン・ペレス・デ・マルチェーネを通じて、コロンブスとイサベル1世の謁見を実現させた。長男ディエゴ・コロンが預けられた場所でもある。
- サンタ・エルマンダー スペインの警察組織。経理担当フランチェスコ・ピネリがコロンブスの航海資金として260,000マラベディを提供した。
- タイノ族 イスパニョーラ島の先住民。第1回航海では停泊する所々でコロンブス一行を歓迎したが、第2回航海以降は金の採掘の為に酷使され、抵抗者は虐殺された。数十万から100万名いた人口は50年後には数百名に減少し、後に絶滅した。
- サンタ・マリア号 第1回航海でコロンブス一行が乗船した3隻の船の旗艦。西暦1492年8月3日にパロス・デ・ラ・フロンテーラを出港した。
- ニーニャ号 第1回航海の3隻のうちの1隻。西暦1493年1月、コロンブスがスペインへ航海報告に向かう際にも乗船した。
- ピンタ号 第1回航海の3隻のうちの1隻。西暦1492年8月3日にパロス・デ・ラ・フロンテーラを出港した。
- イサベラ植民地 第2回航海で前回の植民39名が全滅していた為、モンテ・クリスティ近くに再建された植民地。コロンブスはイサベル1世にちなんで命名し、ここを拠点に金鉱とアジアへの経路の探索を開始した。
航海計画書、サンタ・フェ協約、金鉱──
パロスから新大陸へ、植民地化の全構造を辿る。
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