死を以って抗議した
西播磨県民局長
渡瀬康英
一元化
一人の公務員が遺した告発と、最後の願い――
西播磨県民局長・渡瀬康英を巡る出来事を、出典と共に一元化。
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本書について
渡瀬康英は、約40年に渡って兵庫県に奉職した一人の公務員であった。西播磨県民局長を務めた彼は、西暦2,024年、知事を巡る不正を訴える告発文書を世に問い、其の結果として職を解かれ、懲戒処分を受け、そして自ら命を絶った。本書は、西暦2,024年3月から7月に掛けての渡瀬康英を巡る出来事を、告発文書・公益通報・百条委員会の記録等の出典と共に、年月日単位で一元化した記録である。
西暦2,024年3月12日、渡瀬康英は、「斎藤元彦兵庫県知事の違法行為等について」と題した告発文書を、県関係者やメディア約10名に送付する。文書には、選挙を巡る違法行為、贈答品の「おねだり体質」、政治資金パーティーでの圧力、優勝パレードを巡る公金の扱い、そしてパワーハラスメント等、七項目に渡る告発が記されていた。文書の末尾で渡瀬は、関係者の名誉を毀損する事が目的ではなく、兵庫県が少しでも良くなる事を願う旨を記している。
文書を把握した兵庫県側の対応は速かった。3月25日、副知事片山安孝が井ノ本知明を伴って西播磨県民局を突然訪れ、渡瀬の公用パソコンを押収する。渡瀬は文書を自ら書いた事を認めた上で、内容は全て事実であり、約40年間の公務員生活に何の不満も無いと伝えた。だが3月27日、斎藤元彦は記者会見で、渡瀬が「有りもしない事を縷々並べた」と認めたとし――実際には聴取は行われていなかった――退職を認めず、渡瀬を西播磨県民局長職から解任した。其の際渡瀬は、「証拠に基づいてきちんと判断して下さい」とだけ伝えた。
4月1日、渡瀬は自らへの処分に反論する書簡を配布する。其処には、後輩が伸び伸びと働ける様、兵庫県政が変わって欲しいという願いが綴られ、末尾は、傍らの書籍から零れた栞にあったとして、神学者ラインホルド・ニーバーの「ニーバーの祈り」で結ばれていた。4月4日、渡瀬は兵庫県の公益通報の窓口に通報する。だが5月7日、斎藤は、渡瀬が公益通報者保護法の保護対象であったにも拘らず、通報の結果を待たずに停職3ヶ月の懲戒処分を強行した。
6月、兵庫県議会は百条委員会の設置を可決する。証人喚問を7月19日に控えた7月7日、渡瀬康英は、姫路市内の空き家となっていた生家で、死を以って抗議する旨のメッセージを残し、自ら命を絶った。あまりに突然の死であった。
7月12日、渡瀬の妻が百条委員会に宛ててメールを送る。其処には、夫が県職員の為を想って取った行動を無駄にしてはならないという思いと、生前に作成された陳述書と音声データを提出する事、そして百条委員会を最後までやり通して欲しいという、夫の遺志が記されていた。7月19日、委員会は渡瀬の資料を公開し、職員アンケートと証人尋問を続ける事を決定する。本書は、一人の公務員が遺した告発と問いを――其の言葉と、最後の願いまでを――出典と共に一冊に束ねている。
本書が記録する出来事
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告発文書の
送付
(2024年3月12日) 渡瀬康英が、「斎藤元彦兵庫県知事の違法行為等について」と題した七項目の告発文書を、県関係者やメディア約10名に送付した。 -
公用PCの
押収
(2024年3月25日) 片山安孝が井ノ本知明を伴って西播磨県民局を突然訪れ、渡瀬の公用パソコンを押収。渡瀬は文書を書いた事を認めつつ、内容は全て事実だと伝えた。 -
県民局長職の
解任
(2024年3月27日) 斎藤元彦が記者会見で渡瀬の懲戒方針を表明し、退職を認めず解任した。だが実際には、兵庫県は渡瀬への聴取をまだ行っていなかった。 -
処分への
反論書簡
(2024年4月1日) 渡瀬が、自らへの処分に反論する書簡を配布。後輩が伸び伸びと働ける兵庫県政への願いを記し、末尾を「ニーバーの祈り」で結んだ。 -
公益通報
(2024年4月4日) 渡瀬が、自らの解任に関し、告発文書と同じ内容を、兵庫県職員公益通報制度の窓口に通報した。 -
停職3ヶ月の
懲戒処分
(2024年5月7日) 斎藤元彦が、渡瀬が公益通報者保護法の保護対象であったにも拘らず、通報の結果を待たずに停職3ヶ月の懲戒処分を強行した。 -
百条委員会の
設置
(2024年6月13日) 兵庫県議会が百条委員会の設置を可決。一方で、押収された渡瀬のプライベートなデータが、彼を貶める為に持ち歩かれたとされる。 -
渡瀬康英の
死
(2024年7月7日) 証人喚問を7月19日に控えた渡瀬康英が、姫路市内の生家で、死を以って抗議する旨のメッセージを残し、自ら命を絶った。 -
遺族による
陳述書の提出
(2024年7月12日) 渡瀬の妻が、夫の遺志を百条委員会に伝え、生前に作成された陳述書と、知事を巡る音声データを提出した。 -
出頭妨害の
通達
(2024年7月12日) 兵庫県人事課が、どの職員が何を話すか把握しようとする通達を発し、百条委員会への出頭妨害を行ったと批判された。 -
資料の
公開
(2024年7月19日) 百条委員会が、A4用紙12枚から成る渡瀬の資料を公開し、職員アンケートと証人尋問を続ける事を決定した。
渡瀬康英が遺したもの
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七項目の
告発 選挙を巡る違法行為、贈答品、政治資金パーティー、優勝パレードを巡る公金、パワーハラスメント――渡瀬が告発文書に記した七つの項目。 -
公益通報者の
保護 公益通報者保護法の保護対象でありながら懲戒処分を受けた経緯は、通報者の保護のあり方を巡る重い問いを残した。 -
「証拠に
基づいて」 解任の辞令を受け取った際、渡瀬が片山安孝に伝えた「証拠に基づいてきちんと判断して下さい」という言葉。 -
「ニーバーの
祈り」 反論書簡を、渡瀬は神学者ラインホルド・ニーバーの祈りで結んだ。変えるべきものを変える勇気と、其れを見分ける知恵を求める言葉であった。 -
遺族の
願い 渡瀬の妻が百条委員会に伝えた、夫の行動を無駄にしてはならないという思いと、調査を最後までやり通して欲しいという願い。 -
百条委員会と
検証 告発文書が動かした百条委員会の設置、県職員へのアンケート、そして出頭妨害と批判された人事課の通達。
告発、解任、そして百条委員会へ――
渡瀬康英が遺した問いの全軌跡を一元化。
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