サム・アルトマン・
イーロン・マスク・
グレッグ・ブロックマンによる
OpenAI設立一元化
AIのマンハッタン計画を始めないか──
オープンAI社が生まれる迄の二百日を一元化。
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本書について
西暦2,015年5月25日21時10分、サム・アルトマンがイーロン・マスクへ一通のメールを送った。人類がAIを開発するのを止められるかを考え続けたが、答えは略確実に無理である。どうせ起きる事なら、グーグル社以外の誰かが最初にやる方が良い——Yコンビネータ社でAIのマンハッタン計画を始めるのはどうか、という打診であった。技術は非営利組織を通じて世界の物とし、上手く行った場合には携わった人がスタートアップ並みの報酬を得られる形に設計出来る筈だ、とも記されている。同日23時09分22秒、マスクは「話す価値は有りそうだ」とだけ返した。本書は、此の遣り取りを起点に、オープンAI社が設立発表へ至る迄の二百日を、年月日と時刻の単位で一元化した記録である。
6月24日10時24分、アルトマンは使命を書き送る。最初の汎用AIを作り、其れを個人の力の増強の為に使う事、即ち最も安全と思われる分散した未来を実現する事。安全性は最優先の要件であるべきであり、7〜10名の集団で始めて拡大していきたい。統治構造として挙がった5名は、マスク・ビル・ゲイツ・イーベイ社創業者ピエール・オミダイア・アサナ社共同創業者ダスティン・モスコビッツ・アルトマンであった。技術は新しく設立する財団が所有し、適用の判断が自明で無い場合は此の5名で決める。研究者には競争力の有る給与と、Yコンビネータ社の株式による上振れを用意する。マスクには、Yコンビネータ社が「パートタイム・パートナー」と呼ぶ限定的な関与——月に一度程度立ち寄って進捗を聞く形——を頼んだ。同日23時05分、マスクは「全て同意する」と返信する。
7月、アルトマンの呼び掛けでローズウッド・サンドヒルに人が集まった。アルトマン、マスク、グーグル・ブレインの研究科学者イリヤ・サツケバー、ストライプ社CTOを務めたグレッグ・ブロックマン、百度AIラボのダリオ・アモデイ、グーグル・ブレイン所属のクリス・オラー、カリフォルニア大学バークレー校博士課程のポール・クリスティアーノ。議題は、人間並みのAIまでどのくらい離れているか、そしてどの様な組織ならAIを人類に取って有益な物に出来るか、の二点であった。結論は、使命が薄まる競合動機を持たない非営利であるべきだという事と、最先端の研究には世界最高の研究者が要るという事。会食後、アルトマンがブロックマンを車でサンフランシスコへ送る道中、2名は研究所を始める価値が有る事で合意し、専任で動く人間としてブロックマンが名乗り出た。ブロックマンがマスクとサツケバーに会ったのは、此の日が初めてである。11月14日には、ヨシュア・ベンジオに会って候補リストを作ったブロックマンが、ナパ・バレーのワイナリーで最も欲しい研究者10名を1日掛けて持て成し、3週間の猶予を与えて口説き、9名が承諾した。
11月20日10時48分、アルトマンは法人の設計を送る。デラウェア州の非営利法人「YコンビネータAI社」の取締役会にはマスク・アルトマン・サツケバーの3名が入り、理事会の過半数で外部から更に2名を選任する。人類の安全を損ない得る技術は公開に理事会の同意を要する、と定款に書き込み、研究者の雇用契約でも其れに言及する。同日12時29分、マスクは異を唱えた。Yコンビネータ社から独立し且つ支援を受ける組織であるべきで、子会社の様に聞こえる形は良くない。非営利法人からの給与にYコンビネータ社の株式が加わると、インセンティブの整合が濁る——通常のCコーポレーションと、其れと並立する非営利法人を置く方が恐らく良い、と。11月22日18時11分には、ブロックマンが採用の実務を報告している。給与175,000ドル、在籍する各Yコンビネータ・バッチの0.25%を付与する別紙、医療・歯科・視力の保険、無制限の休暇、有給の育児休暇、そしてビザの支援。
同じ11月22日の夕刻から深夜に掛けて、社名と肩書きと金額が一気に決まってゆく。マスクが挙げた最良の案は「フリーマインド」であった。全ての人が自由に使えるデジタル知能を作ろうとしているという感覚を伝え、グーグル・ディープマインド社の「一つの指輪が全てを支配する」式の姿勢とは正反対だという。アルトマンは「アクソン」を返し、axon.comのドメインはTPG-アクソン・キャピタル社から取得出来ると見込んだが、マスクは少しグーグル・ブレインの様に響くと難色を示す。チューリングに因む案も出たが、翌23日3時50分06秒、マスクはチューリング・テストの連想——人間を置き換えるという含み——を避けたいと退けた。肩書きは、共同CEOではスペースX社・テスラ社で問題を起こし兼ねないとして、2人とも共同会長に落ち着く。資金では、グーグル社やフェイスブック社の支出額に比べて絶望的に聞こえない様、100,000,000ドルでは足らず1,000,000,000ドルの確約から始めるべきだとマスクが主張した。他の誰も出さない分は自分が全額負担する、とも書いている。
12月7日から6日間、モントリオール・コンベンションセンターでNIPSによる機械学習の国際会議が開かれた。其の最中の12月8日9時29分、マスクは発表文の冒頭の要約こそ最も重要だと説き、自ら草案を書く。10時34分、アルトマンが修正案を返し、同じ日、オープンAI社の設立証書がアメリカのデラウェア州に提出された。12月11日11時30分、グーグル・ディープマインド社が翌日に巨額のカウンターオファーで潰しに来るとの報が入る。アルトマンは先回りして全員の報酬を年100,000ドル引き上げる事を提案し、マスクは24時間態勢での絶対的最優先事項だと応じた。12時15分、サツケバーが確約する。そして13時30分、会議の場でオープンAI社の設立が発表された。非営利の研究部門と、商業化を目的とする営利子会社オープンAIグローバル有限責任会社から成る会社であり、共同会長にアルトマンとマスク、CTOにブロックマン、研究ディレクターにサツケバーが就いた。計1,000,000,000ドル超の拠出が表明されたが、西暦2,019年迄に集まったのは約130,000,000ドルであった。同日16時41分、マスクは研究者達へ書き送る。人員でも火力でも馬鹿げた差を付けられているが、正義は我々の側に有り、此の勝算は気に入っている——と。
登場人物
- サム・アルトマン Yコンビネータ社の経営者。西暦2,015年5月25日、イーロン・マスクへ「YコンビネータAI社でAIのマンハッタン計画を始めるのはどうか」と打診し、本書の全ての起点を作った。使命・統治構造・法人設計・採用・報酬の草案を次々と書き送り、7月にはローズウッド・サンドヒルでの会食を招集する。12月11日の設立発表では共同会長に就いた。
- イーロン・マスク スペースX社・テスラ社の経営者。アルトマンの打診に「話す価値は有りそうだ」と応じ、以後、Yコンビネータ社からの独立・Cコーポレーションと非営利法人の並立・社名「フリーマインド」・1,000,000,000ドルの資金拠出の確約を主張した。他の誰も出さない分は自分が全額負担すると書き、週に半日程度を充てる事を決めている。設立発表では共同会長に就いた。
- グレッグ・ブロックマン ストライプ社CTOを務めた人物。7月の会食後、アルトマンの車中で専任として名乗り出た。11月14日、ナパ・バレーのワイナリーで最も欲しい研究者10名を1日掛けて口説き、9名の承諾を得る。オファーレターの雛形・給与175,000ドル・福利厚生・ビザ支援といった採用の実務を担い、設立発表ではCTOに就いた。
- イリヤ・サツケバー グーグル社内のAI研究開発チーム、グーグル・ブレインの研究科学者。7月の会食に加わり、11月20日の設計案では取締役会に入る3名の1人に挙げられた。12月11日、グーグル・ディープマインド社のカウンターオファーが迫る中で確約を返し、設立発表では研究ディレクターに就いた。
- ダリオ・アモデイ 百度AIラボのリサーチサイエンティスト。西暦2,015年7月、ローズウッド・サンドヒルでの会食に集まった7名の1人として、人間並みのAIまでの距離と、AIを人類に取って有益な物にし得る組織の形を論じた。
- クリス・オラー グーグル・ブレイン所属の研究者。ローズウッド・サンドヒルでの会食に加わり、非営利であるべきという結論と、最先端の研究には世界最高の研究者が要るという結論を共にした。
- ポール・クリスティアーノ カリフォルニア大学バークレー校博士課程(理論計算機科学理論グループ)。ローズウッド・サンドヒルでの会食に集まった7名の1人。
- ヨシュア・ベンジオ グレッグ・ブロックマンが会って一流研究者の候補リストを作る助けとなった人物。此のリストが、11月14日にナパ・バレーへ招かれた研究者10名の下敷きとなった。
- ピーター・ティール ペイパル共同創業者で、パランティア・テクノロジーズ社共同創業者。6月24日のメールでは、Yコンビネータ社が「パートタイム・パートナー」と呼ぶ限定的な関与の実例として名が挙がっており、12月11日には拠出を表明した側にも名を連ねている。
- リード・ホフマン リンクトイン社共同創業者。西暦2,015年12月11日の設立発表に際し、アルトマン・マスク・ブロックマン等と共に、計1,000,000,000ドル超の拠出を表明した。
- トレヴァー・ブラックウェル Yコンビネータ社共同創業者。設立発表で名を連ねた研究者・科学者・起業家のコンソーシアムの1人であり、同日16時41分にマスクが送った激励のメールの宛先にも入っている。
- アンドレイ・カルパシー スタンフォード大学博士課程(計算機科学)を修了した研究者。設立発表の場で名を連ねた創設メンバーの1人。
- ジョン・シュルマン カリフォルニア大学バークレー校博士課程(電気工学・計算機科学)を修了した研究者。設立発表の場で名を連ねた創設メンバーの1人。
- ヴォイチェフ・ザレンバ ニューヨーク大学博士課程(計算機科学)の研究者。ディーデリック・キングマ・パメラ・ヴァガタ・ヴィッキー・チャンと共に、設立発表で名を連ねた創設メンバーの1人。
組織と社名の系譜
- Yコンビネータ社 サム・アルトマンが率いるアクセラレータ。当初の構想では此処がAIのマンハッタン計画の母体であり、研究者への上振れ報酬も同社の株式で支払う筈であった。マスクの指摘を承けて母体からは外れるが、建物の共有と法務の支援という形で初期を支える案が残った。
- YコンビネータAI社 11月20日の設計案で示された、デラウェア州の非営利法人の仮称。取締役会にマスク・アルトマン・サツケバーの3名を置き、人類の安全を損ない得る技術の公開には理事会の同意を要すると定款に書き込む構想であった。子会社の様に聞こえるとマスクが難色を示し、名称の検討へ移る。
- Yコンビネータ・リサーチ社 ブロックマンが応募者へ送っていたオファーレターの発行元。給与175,000ドル、各Yコンビネータ・バッチの0.25%を付与する別紙、随意雇用・秘密情報・発明譲渡・仲裁に関する契約書が、此の名で交わされていた。
- フリーマインド マスクが挙げた社名案。全ての人が自由に使えるデジタル知能を作ろうとしている、という感覚を伝える為の名であり、グーグル・ディープマインド社への意図的な哲学的対抗でもあった。アルトマンも急速に馴染んだと述べたが、採用には至らなかった。
- アクソン アルトマンが挙げた社名案。axon.comのドメインをTPG-アクソン・キャピタル社から取得出来ると見込んでいた。マスクは選択肢として気に入りつつも、グーグル・ブレインの様に響き、デジタル知能を脳の模倣と考えている様に聞こえると評した。
- オープンAI社 西暦2,015年12月8日にデラウェア州へ設立証書が提出され、12月11日13時30分に設立が発表された非営利の人工知能研究企業。財務的な収益を生む義務に縛られず、人類全体に最も利益を齎す可能性の高い形でデジタル知能を進歩させる事を目標に掲げた。
- オープンAIグローバル有限責任会社 AI技術やアプリケーションの商業化を目的として設立された営利子会社。非営利法人の研究部門と此の会社から構成される形で、オープンAI社は発表された。
- グーグル・ブレイン グーグル社内のAI研究開発チーム。イリヤ・サツケバーとクリス・オラーが所属しており、7月の会食の顔触れは此処から2名を含んでいた。社名案「アクソン」が退けられた理由の1つも、此の名に響きが近い事であった。
- グーグル・ディープマインド社 構想段階から一貫して意識され続けた相手。マスクは「一つの指輪が全てを支配する」式の姿勢と評して対置し、12月11日には、翌日に全員へ巨額のカウンターオファーを出して潰しに来るとの報が入った。NIPSの会場では、文字通り人を追い詰めて回っていたという。
- NIPS 神経情報処理システム学会による機械学習の国際会議。西暦2,015年12月7日から6日間、モントリオール・コンベンションセンターで開かれ、初日がチュートリアル、2〜4日目が本会議、5〜6日目がワークショップ全38本の並行開催であった。オープンAI社の設立は、此の会期中の12月11日に発表された。
- 501(c)(3) アメリカの内国歳入法に基づく非課税の非営利法人の区分。マスクが「独立した純粋な501(c)(3)」を最も理に適うと述べ、アルトマンも同意した事で、法人の形が定まった。
フリーマインド、アクソン、そしてオープンAI──
設立を巡る往復書簡を日時単位で一元化。
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