三種の神器
天叢雲剣の代用品
日御座の御剣
一元化
海に沈んだ天叢雲剣の、身代わりとして──
千年の宮中史を陰から支えた一振りの剣。
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本書について
三種の神器──八咫鏡・天叢雲剣・八尺瓊勾玉。歴代天皇が継承してきた皇位の璽である。其の内の剣たる天叢雲剣は、源平の争乱の中で安徳天皇と共に都を離れ、西暦1,185年の壇ノ浦の戦いで海に沈んだとされる。以後、宮中から失われた天叢雲剣の代わりを長きに亘って務めたのが、本書の主役・日御座の御剣である。
日御座の御剣は、本来、清涼殿の天皇の御座所「日御座」に置かれた護り刀であった。夜は夜御殿の枕元に、昼は昼御座に安置され、天皇の身を守る剣として在った。天叢雲剣を欠いた即位の礼や元服の儀では、此の剣が神剣として代用され、践祚に伴う剣璽渡御の儀をも支えた。本書は、西暦960年から西暦1,923年に至る凡そ千年に亘る日御座の御剣の歴史を、年月日単位で一元化した年表である。
其の千年は、盗難の歴史でもあった。清涼殿の夜御殿に安置された御剣は幾度も盗み出され、役人や陰陽師が探し回り、見付からねば伊勢神宮や関白から新たな剣が献上されて補充された。緒や帯取りが鹿革で出来ていた為、其の臭いに惹かれた犬に幾度も噛み切られもした。火災で損傷すれば、備前や山城の刀工が焼き直した。西暦1,238年に保管方法が改められて以降、漸く盗難は止んだ。
白河上皇が打たせて崇徳天皇に贈り、平宗盛が新造し、足利義満が献上し、水戸光圀も献上した。称光天皇は仙洞御所の炎上に際し、自ら此の剣を帯びて紫宸殿の防火を指揮した。江戸期には本阿弥光勢が前例無く此の剣を研ぎ、「無銘」と伝えられた刀身に実は紀新大夫行平の名が刻まれていた事を知った。そして水戸光圀の献上した日御座の御剣は、西暦1,923年の関東大震災で高輪御殿と共に焼失する。本書は、表舞台に立つ事の無かった一振りの剣が、千年の宮中史を陰から支え続けた記録である。
登場人物
- 安徳天皇 第81代天皇。平清盛の孫。源平の争乱で平家と共に都を落ち、三種の神器を奉じた。其の在位中に天叢雲剣が宮中から失われ、日御座の御剣が代用される端緒となった。
- 後鳥羽天皇 第82代天皇。西暦1,184年の即位式で、天叢雲剣が無い儘、日御座の御剣を其の代用とした。元服の儀(西暦1,190年)でも同様で、三種の神器が揃わぬ異例の朝儀が続いた。
- 白河上皇 西暦1,129年の端午の節句、自らお守り刀を打たせ、其の一振りを日御座の御剣として崇徳天皇に贈った。其の剣は西暦1,131年に盗まれた。
- 高倉天皇 第80代天皇。松殿基房邸である閑院に常駐し清涼殿への還御が稀であった為、警護が手薄となり、其の治世下で御剣が犬に噛まれ、盗まれる事件が相次いだ。
- 平宗盛 平清盛の子。西暦1,182年の盗難を受けて日御座の御剣を新造し献上した。此の剣は平家滅亡後、八咫鏡・八尺瓊勾玉と共に京都に還った。
- 所久実 源頼兼の家来。西暦1,185年、盗み出された日御座の御剣を左衛門府の陣の外で追跡し、盗人を捕縛した。源頼朝は其の勇を賞し、御剣を褒美として与えた。
- 源頼朝 鎌倉幕府を開いた武将。日御座の御剣の盗人を捕えた所久実の様な勇敢な者には褒美を与えるべきだとして、御剣を所に与える様命じた。
- 光厳天皇 初代北朝天皇。西暦1,331年、両統迭立の中、三種の神器の無い儘、剣璽渡御の儀で日御座の御剣を代用して践祚した。
- 後光厳天皇 第4代北朝天皇。西暦1,366年、方違えの行幸に際し、天叢雲剣が北朝に無い為、三条公忠の答申を得て日御座の御剣を神剣として用いた。
- 足利義満 室町幕府第3代将軍。西暦1,402年、後小松天皇の新内裏への移徙を祝い、日御座の御剣を新調して献上した。
- 称光天皇 第101代天皇。西暦1,416年、仙洞御所が炎上し紫宸殿が危うくなった際、自ら日御座の御剣を帯びて防火を指揮した。其の姿に感動した人々が屋根に上り、紫宸殿は類焼を免れた。
- 紀新大夫行平 豊後国の刀工。西暦1,190年に近衛基通が作らせた日御座の御剣を鍛えた。後に本阿弥光勢が研いだ際、其の刀身に行平の名が刻まれていた事が判明した。
- 本阿弥光勢 刀剣鑑定・研磨を家業とする本阿弥家の人物。西暦1,750年、前例無く日御座の御剣を研いだ。「無銘」と伝えられた刀身に実は紀新大夫行平の名が刻まれていると知ったが、敢えて無銘と答えた。其の功で伊勢大掾に任じられた。
- 水戸光圀 日御座の御剣を献上した人物。其の剣は高輪御殿に在ったが、西暦1,923年の関東大震災で御殿と共に焼失した。
主要な概念・用語
- 三種の神器 八咫鏡・天叢雲剣・八尺瓊勾玉の総称。歴代天皇が継承する皇位の璽(しるし)。火災や争乱の度に救出・移動の対象となった。
- 天叢雲剣 三種の神器の一たる剣。草薙剣とも呼ばれる。源平の争乱で安徳天皇と共に都を離れ、壇ノ浦で失われたとされ、以後長く其の代用が必要とされた。
- 日御座の御剣 清涼殿の天皇の御座所「日御座」に置かれた護り刀。天叢雲剣を欠く儀式で神剣として其の代用を務めた、本書の主役。
- 清涼殿 天皇の日常の御所。夜は夜御殿(寝所)に、昼は昼御座に日御座の御剣が安置され、度重なる盗難の主な舞台となった。
- 践祚と即位の礼 天皇が皇位を継ぐ践祚と、其れを内外に示す即位の礼。天叢雲剣を欠く間は、此れ等や元服の儀で日御座の御剣が神剣として代用された。
- 剣璽渡御の儀 践祚に際し、剣(神剣)と璽(勾玉)を新帝へ渡す儀式。神器を欠く間は日御座の御剣が用いられた。
- 両統迭立 持明院統と大覚寺統が交互に皇位に就いた鎌倉後期の慣行。南北朝分裂の遠因となり、神器を欠く践祚を日御座の御剣が支えた。
- 本阿弥家 刀剣の鑑定・研磨を家業とした一族。本阿弥光勢(西暦1,750年)・本阿弥光白(西暦1,871年)らが日御座の御剣の研磨に携わった。
盗まれ、犬に噛まれ、焼かれ、研がれ──
表舞台に立つ事の無かった御剣の、知られざる千年史。
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