電子書籍「フランスの自動車メーカー創業の歴史一元化」の表紙

フランスの自動車メーカー
創業の歴史一元化

著者:石田晋一

掲載範囲
西暦1,810年9月26日〜1,976年4月9日
ページ数
14ページ
文字数
2,522字
最新更新日
西暦2,026年8月18日

水車小屋の製粉所から、物置小屋の小型車から──
フランス自動車産業を興した四家の歩みを一元化。

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皇室献上品 高級トイレットペーパー
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本書について

西暦1,810年9月26日、スー・クラテ(フランスのドゥー県エリモンクール)の水車動力の製粉所が、鋳鋼所へと姿を変えた。手掛けたのは、ジャン・ピエール一世の長男ジャン・ピエール・プジョー、弐男ジャン・フレデリック、そしてジャピー家の義理の息子ジャック・マイヤール・サランの3名である。此処に製鋼メーカー「プジョー長兄弟商会・ジャック・マイヤール=サラン」が設立された。自動車が影も形も無い時代に、鋼を作る所から始まった一族の事業——本書は、其の日を起点として、フランスの自動車メーカーが如何にして生まれたのかを、年月日単位で一元化した記録である。

西暦1,898年8月、兵役を終えたばかりのアルフレッド・ルノーの四男ルイ・ルノーが、ブローニュ・ビヤンクール(フランスのオー・ド・セーヌ県)の家族の地所の物置小屋で、連隊仲間のエドワール・リシェと共に最初のプロトタイプを組み上げた。ヴォワチュレットと呼ばれる小型車である。職人2名を雇い、ド・ディオン・ブートン社の中古3輪車(3/4馬力)を改造した其の車は、自在継手付きドライブシャフトと、3速+後退・3速が直結のギアボックスを備えていた。同年12月24日、ルイは此の1台でモンマルトル(フランスのパリ18区)のレピック通りの急坂を登り切る。其の夜、12台の確定注文が入った。最初の1台は、試乗させたアルフレッド・ルノーの友人に売られた。

西暦1,899年2月9日、ルイ・ルノーは特許「自動車用の伝動および変速機構」を取得する。特許番号285,753番。各社が此れを模倣した為、西暦1,914年に特許が切れる迄、ルノーには莫大な特許料が流れ込み続けた。同月25日、アルフレッドの弐男フェルナン・ルノー、参男マルセル・ルノー、そしてルイの3名により、合名会社「ルノー・フレール」が設立される。事業内容は「自動車の製造及び販売、並びに此の産業に関連する一切の業務」。西暦1,898年10月1日に遡って効力を発生させる形を採ったが、フェルナンとマルセルは此の事業を信用しておらず、資本金は60,000フラン、存続期間は10年に留まった。ルイは一介の従業員という扱いであったが、実際の推進役は其のルイが担った。

西暦1,900年頃、アンドレ・シトロエンは、自身の母マーシャ・アメリア・クラインマンの故郷であるポーランドを訪れる。オシヌィ(ポーランドのウッチ県ズギェシュ郡)の製線工場では、木製の山歯歯車が使われていた。シトロエンは、魚の骨状の歯を持つ歯車を作る職人と出会い、静粛で効率が高い其の歯車の特許を安く買い取る。西暦1,902年頃、彼は「シトロエン歯車製作所」を設立し、木製だった歯車を鋼製で量産する工程に改良した。ダブルシェブロン——重なり合った山形——が社章に定められたのは、此の時である。自動車ではなく歯車から始まった会社が、後にプジョーと一つになる。

同じ頃、イタリア人エットーレ・ブガッティは、ヨーロッパを渡り歩いていた。西暦1,898年にミラノの自転車・三輪車メーカー、プリネッティ&ストゥッキ社へ見習いとして入り、西暦1,900年頃には伯爵ジャン・オベルト等の出資で四輪車「タイプ2」を製作する。西暦1,901年5月5日から23日間開かれた第1回ミラノ国際自動車博覧会に其のタイプ2が出展され、フランス自動車クラブから賞を受けた。西暦1,902年6月、タイプ2に目を留めた男爵ド・ディートリッヒに招かれ、ブガッティはニーダーブロン(フランスのバ・ラン県)へ移る。翌7月2日、エットーレが未成年であった為、父カルロ・ブガッティが7年契約の誓約書に署名した。報酬は50,000フランに加え、10CVは400フラン、15CVは500フラン、レース用は2,000フランというロイヤリティであった。

然し契約は続かない。西暦1,904年3月31日、ド・ディートリッヒ社の自動車事業撤退により契約が破棄され、ブガッティはストラスブール(フランスのバ・ラン県)のエミール・マティスと契約を結び、「ヘルメス」名義でタイプ6・タイプ7を製作した。西暦1,907年9月1日にはガス発動機工場ドイツ社(ドイツのノルトライン・ヴェストファーレン州ケルン)へ自動車部門責任者として入社し、大型のタイプ8・タイプ9を手掛ける。転機は西暦1,908年から翌年に掛けて訪れた。会社の業務とは別に、ケルンの自宅地下室で軽量小型車「タイプ10」を作り上げたのである。此れによりブガッティは独立の確信を得た。西暦1,909年12月15日、凝りすぎた設計は製造コストが掛かり過ぎるという理由で解雇されるが、其の退職金と、銀行家アウグスタン・デ・ビスカヤ等の融資により、西暦1,910年1月1日、モルスハイム(フランスのバ・ラン県)の廃業した染色工場を借り受け「エットーレ・ブガッティ自動車」を設立した。

そして時は下る。西暦1,974年12月、プジョー社がシトロエン社株の38.2%を取得した。シトロエン社はワンケルエンジンやマセラティ買収の負担も有り、経営が悪化していたのである。西暦1,976年4月9日、プジョー社は出資比率を89.95%へ引き上げ、両社は合併して「PSAプジョー・シトロエン社」となった。水車小屋の製粉所から始まった一族と、ポーランドで買った歯車の特許から始まった男の会社が、166年の時を隔てて一つになる——本書は、其の全軌跡を一冊に束ねている。


登場人物

  • ジャン・ピエール・プジョー ジャン・ピエール一世の長男。西暦1,810年9月26日、弟ジャン・フレデリック、ジャック・マイヤール・サランと共に、スー・クラテ(フランスのドゥー県エリモンクール)の水車動力の製粉所を鋳鋼所へ転換し、製鋼メーカー「プジョー長兄弟商会・ジャック・マイヤール=サラン」を設立した。
  • ジャン・フレデリック・プジョー ジャン・ピエール一世の弐男。兄ジャン・ピエール・プジョー、ジャック・マイヤール・サランと共に、西暦1,810年のプジョー鋳鋼所設立に加わった3名の1人である。
  • ジャック・マイヤール・サラン ジャピー家の義理の息子。プジョー兄弟と共に製粉所の鋳鋼所への転換を手掛け、其の名は社名「プジョー長兄弟商会・ジャック・マイヤール=サラン」に刻まれた。
  • ルイ・ルノー アルフレッド・ルノーの四男。西暦1,898年8月、兵役を終えた直後にブローニュ・ビヤンクールの物置小屋で最初のヴォワチュレットを作り、同年12月24日、モンマルトルのレピック通りの急坂を登り切って12台の確定注文を得た。翌年2月9日には特許285,753番「自動車用の伝動および変速機構」を取得。ルノー・フレールでは一介の従業員という扱いであったが、実際の推進役を担った。
  • エドワール・リシェ ルイ・ルノーの連隊仲間。西暦1,898年8月、ルイと共に最初のプロトタイプとなるヴォワチュレットを製作した。ド・ディオン・ブートン社の中古3輪車(3/4馬力)を改造した其の車は、自在継手付きドライブシャフトと、3速+後退・3速が直結のギアボックスを備えていた。
  • フェルナン・ルノー アルフレッド・ルノーの弐男。西暦1,899年2月25日、弟マルセル・ルノー、ルイ・ルノーと共に合名会社「ルノー・フレール」を設立した。但し此の事業を信用しておらず、資本金は60,000フラン、存続期間は10年に留められた。
  • マルセル・ルノー アルフレッド・ルノーの参男。兄フェルナン、弟ルイと共にルノー・フレールの設立に名を連ねた。フェルナンと同じく事業への信用は薄く、会社は西暦1,898年10月1日に遡って効力を発生させる形で設立された。
  • アンドレ・シトロエン 西暦1,900年頃、母マーシャ・アメリア・クラインマンの故郷ポーランドを訪れ、オシヌィ(ポーランドのウッチ県ズギェシュ郡)の製線工場で魚の骨状の歯を持つ歯車と出会い、其の特許を安く買い取った。西暦1,902年頃「シトロエン歯車製作所」を設立し、木製だった歯車を鋼製で量産する工程に改良して、ダブルシェブロンを社章に定めた。
  • エットーレ・ブガッティ 西暦1,898年にミラノのプリネッティ&ストゥッキ社へ見習いとして入り、西暦1,900年頃に四輪車「タイプ2」を製作。ド・ディートリッヒ社、エミール・マティス、ガス発動機工場ドイツ社を渡り歩き、ケルンの自宅地下室で作った軽量小型車「タイプ10」により独立の確信を得た。西暦1,910年1月1日、モルスハイム(フランスのバ・ラン県)の廃業した染色工場を借り受け「エットーレ・ブガッティ自動車」を設立する。
  • カルロ・ブガッティ エットーレ・ブガッティの父。西暦1,902年7月2日、エットーレが未成年であった為、エットーレの自動車製作に関するド・ディートリッヒとの7年契約の誓約書に署名した。報酬は50,000フランに加え、10CV・15CV・レース用の3シリーズのロイヤリティが定められた。
  • ジャン・オベルト 伯爵。西暦1,900年頃、エットーレ・ブガッティに出資し、四輪車「タイプ2」の製作を支えた。タイプ2は翌年の第1回ミラノ国際自動車博覧会に出展され、フランス自動車クラブから賞を受けている。
  • ド・ディートリッヒ 男爵。タイプ2に目を留め、西暦1,902年6月、エットーレ・ブガッティをニーダーブロン(フランスのバ・ラン県)へ招いてド・ディートリッヒ社で働かせた。西暦1,904年、同社が自動車事業から撤退し、7年契約は破棄された。
  • エミール・マティス ストラスブール(フランスのバ・ラン県)の実業家。西暦1,904年3月31日、ド・ディートリッヒとの契約を失ったエットーレ・ブガッティと契約を結び、ブガッティは「ヘルメス」名義でタイプ6・タイプ7を製作した。
  • アウグスタン・デ・ビスカヤ 銀行家。西暦1,910年1月1日、ガス発動機工場ドイツ社での退職金と併せてエットーレ・ブガッティに融資を行い、モルスハイムでの「エットーレ・ブガッティ自動車」設立を可能にした。

会社とブランドの系譜

  • プジョー長兄弟商会・ジャック・マイヤール=サラン 西暦1,810年9月26日、スー・クラテ(フランスのドゥー県エリモンクール)の水車動力の製粉所を鋳鋼所へ転換して設立された製鋼メーカー。ジャン・ピエール・プジョー、ジャン・フレデリック、ジャック・マイヤール・サランの3名の手による、プジョーの原点である。
  • プリネッティ&ストゥッキ社 ミラノの自転車・三輪車メーカー。西暦1,898年、エットーレ・ブガッティが見習いとして入った最初の職場であり、後の四輪車製作へ繋がる出発点となった。
  • ルノー・フレール 西暦1,899年2月25日、フェルナン・ルノー・マルセル・ルノー・ルイ・ルノーの3名が設立した合名会社。事業内容は「自動車の製造及び販売、並びに此の産業に関連する一切の業務」。西暦1,898年10月1日に遡って効力を発生させる形を採り、資本金60,000フラン、存続期間10年であった。
  • シトロエン歯車製作所 西暦1,902年頃、アンドレ・シトロエンが設立。ポーランドで買い取った魚の骨状の歯を持つ歯車の特許を基に、木製だった歯車を鋼製で量産する工程へ改良した。此の時定められたダブルシェブロンの社章は、現在に至るまでシトロエンの標である。
  • ド・ディートリッヒ社 ニーダーブロン(フランスのバ・ラン県)の企業。西暦1,902年6月から男爵ド・ディートリッヒの下でエットーレ・ブガッティが働いたが、西暦1,904年に自動車事業から撤退し、7年契約は破棄された。
  • ヘルメス 西暦1,904年3月31日にエットーレ・ブガッティとエミール・マティスが結んだ契約の下で用いられた名義。此の名でタイプ6・タイプ7が製作された。
  • ガス発動機工場ドイツ社 ドイツのノルトライン・ヴェストファーレン州ケルンの企業。西暦1,907年9月1日、エットーレ・ブガッティが自動車部門責任者として入社し、大型のタイプ8・タイプ9を手掛けた。西暦1,909年12月15日、凝りすぎた設計で製造コストが掛かり過ぎるという理由により、ブガッティを解雇している。
  • エットーレ・ブガッティ自動車 西暦1,910年1月1日設立。ガス発動機工場ドイツ社での退職金と銀行家アウグスタン・デ・ビスカヤ等の融資により、モルスハイム(フランスのバ・ラン県)の廃業した染色工場を借り受けて興された。独立の確信を与えたのは、ケルンの自宅地下室で作られた軽量小型車「タイプ10」であった。
  • PSAプジョー・シトロエン社 西暦1,974年12月、プジョー社がシトロエン社株の38.2%を取得。ワンケルエンジンやマセラティ買収の負担で経営が悪化していたシトロエン社に対し、西暦1,976年4月9日、出資比率を89.95%へ引き上げて両社が合併し、成立した。

プジョー・ルノー・シトロエン・ブガッティ──
フランス自動車メーカー創業の全軌跡を一元化。

JPY 150(税込)

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AUTHOR

石田晋一

歴史データベース「トキジク」管理人。
万物の系譜の編纂者であり、電子書籍の著者。
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