名人がAIに敗北した
チェッカー・オセロ・
チェス・アリマア・
シャンチー・将棋・
囲碁一元化
西暦1,956年、テレビの生放送で機械が名人に挑んだ──
名人がAIに敗れてゆく半世紀余りを一元化。
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本書について
西暦1,956年2月24日、CBSの朝の番組「グッド・モーニング!」で、或る対局が生放送された。チェッカーの名人の相手は、IBM所属のアーサー・サミュエルがIBM 701上で開発したチェッカー・プログラムである。サミュエル自身もIBM 701の前から番組に出演し、初代IBM社長トーマス・J・ワトソンは、此のお披露目で株価が15ポイント上がると予言した。株価は実際に一晩で15ポイント上がる。本書は、此の生放送を起点として、チェッカー・オセロ・チェス・アリマア・シャンチー・将棋・囲碁の7つの盤上遊戯で、名人がコンピュータに敗北してゆく半世紀余りの歩みを、年月日単位で一元化した記録である。
サミュエルは其の後も、工場の生産ラインに並ぶ後継機IBM 704を夜通し最大4台使い、プログラム同士を対戦させては統計を取って、チェッカー・プログラムを鍛え続けた。西暦1,959年7月、IBMの研究誌に論文「チェッカーのゲームを用いた機械学習に関する幾つかの研究」を発表し、ルール等の最低限の情報を与えるだけで、8〜10時間の対局でサミュエル自身よりも強くなったと報告する。機械学習という言葉は、此の論文から広まった。そして西暦1,962年7月12日、チェッカーの元コネチカット州チャンピオンであるロバート・ネーリーが、此のプログラムを搭載したIBM 7094と対戦する。16手目、ネーリーは最後の後衛の駒を動かし、黒番のプログラムに王を与えてしまった。対戦後、彼は「私にも引き分けの機会が何度も有った」と述べつつ、終盤に関しては、西暦1,954年に最後に負けて以来、人間が相手でも此れ程手強い勝負は無かったと認めている。
西暦1,980年6月19日、ノースウェスタン大学教授ピーター・フライが、人間対機械のオセロ大会を開催する。人間側から参加したのは、西暦1,977・1,979年のオセロ世界選手権王者・井上博と、西暦1,979年の世界選手権決勝で井上と対戦したジョナサン・サーフの2名である。井上は6番勝負で、マイク・リーヴとデイヴィッド・レヴィが同年に作成したプログラム「ザ・ムーア」に1敗を喫しつつも、5勝1敗の戦績で優勝を果たした。一方のサーフは、西暦1,978年にチェスのプログラム「サルゴン」を作成したダン・スプラックレンと妻キャスリーンが作り、Apple IIに搭載したオセロプログラムに敗北する。大会の2位は、此のプログラムであった。
西暦1,988年9月22日、西暦1,944・1,946年のチェスアメリカチャンピオンであるアーノルド・シェルドン・デンカーが、カーネギーメロン大学計算機科学科主任研究員ハンス・バーリナー率いるチームのチェスマシンHitechと、1日1局の対局を始める。其の夜の第1局は引き分けたが、翌日からデンカーは3連敗を喫した。チームには、専用ハードの設計・製作を担ったカール・エベリング、専用ハードを動かすシステムソフトの大部分を書いたゴードン・ゲッチ、そして特定の局面で1つだけ圧倒的に良い指し手が有る場合に、其の手の探索の深さを1手分延長するシンギュラー・エクステンションをHitechに組み込んだマレー・キャンベル等、7名が名を連ねていた。
西暦2,004年2月2日からの12日間、元NASAのコンピュータ技術者オマール・サイードが、コンピュータに勝たせない事を意図して作ったテーブルゲーム「アリマア」で、プログラムと人間代表が戦う第1回アリマア・チャレンジが開かれた。考案者として盤に就いたサイードは、囲碁ソフト「メニー・フェイセズ・オブ・ゴー」の作者デイヴィッド・フォトランドのプログラムBombと8局指し、全勝する。翌西暦2,005年2月7日からの第2回では、サイードの依頼を受けた第1回アリマア世界選手権の優勝者フランク・ハイネマンが、8局の長丁場に渋りながらも人間代表を引き受けた。バグ修正と局面評価の調整に加え、相手の象が他所で手一杯の時は駱駝で積極的に攻める工夫を施されたBombは、2月11日の第4局で、封じ込められる前に象を動かしてハイネマンを破る。然しハイネマンは攻め方を修正して第5〜8局を制し、第6〜8局では自分の駒を1つも失わずにBombの駒を壊滅させた。
西暦2,006年8月9日には、サーバー大手インスパーの主催で、第1回中国象棋人機大戦が国家オリンピックスポーツセンター(中国北京市朝陽区)にて開催される。ハードは、デュアルコアのCPUを10個積んだインスパーのスーパーコンピュータ浪潮天梭20000。ソフトは、直前に18チームが参加した第1回中国コンピュータ対局選手権の上位5本である。此れにシャンチーの一流棋士5名が挑み、張強と汪洋は1勝1分け、徐天紅は2分けと踏み留まったものの、卜鳳波は1敗1分け、柳大華は2敗を喫した。
将棋では、情報処理学会が西暦2,007年12月頃、創立50周年事業としてプロジェクト「コンピュータ将棋『あから』強化推進委員会」を開始する。西暦2,010年4月2日、第25代情報処理学会会長白鳥則郎は、第14代将棋連盟会長米長邦雄に挑戦状を手渡した。名人に伍する力有りと認めるまでに強いコンピュータ将棋を完成させたとする其の挑戦に、米長は「良い度胸をしていると其の不遜な態度に感服仕った次第」とする筆文字の書簡で応じる。同年10月11日13時、第32期女流王将清水市代が、東京大学本郷キャンパス工学部2号館で、激指・GPS将棋・Bonanza・YSSの4つのソフトを疎結合で並列計算させ、其れ等の意見を集約して次の一手を決める合議アルゴリズム「あから2010」と対局する。計676コアの演算クラスターを相手に、清水は19:03、86手で投了した。対局直後には「殆どの手が読み筋でした」と答えた清水も、記者会見では「負けたのはやはり悔しい」と語っている。
そして西暦2,015年10月5日からの5日間、同年にヨーロッパ碁コングレス3連覇を達成した樊麾が、ディープマインド社のAlphaGoと5局を戦う。置き石無し、コミ7目半の中国ルールで、持ち時間は1時間、其の後30秒の秒読みが3回——斯うした条件は、樊が事前に選んだものであった。第1局は白番のAlphaGoが272手で2目半勝ち。樊が最後の秒読みまで行ったのに対し、AlphaGoが使ったのは45分程に過ぎず、第2〜5局もAlphaGoが全て中押し勝ちを収めた。「AlphaGoはとても強く安定していて、壁の様だ」「AIより自分の実力の方が怖くなった」——テレビで披露されたチェッカーの一局から、囲碁の名人が機械を壁と呼ぶに至る迄の全軌跡を、本書は一冊に束ねている。
登場人物
- アーサー・サミュエル 本書の起点となる人物。IBM所属で、ポキプシー(アメリカのニューヨーク州ダッチェス郡)に勤務した。IBM 701上でチェッカー・プログラムを開発し、西暦1,956年2月24日、CBSの番組「グッド・モーニング!」で名人との対戦を生放送で披露した。其の後も後継機IBM 704を夜通し最大4台使ってプログラム同士を対戦させて鍛え、西暦1,959年7月の論文「チェッカーのゲームを用いた機械学習に関する幾つかの研究」で、機械学習という言葉を広めた。
- ロバート・ネーリー チェッカーの元コネチカット州チャンピオン。西暦1,962年7月12日、サミュエルのチェッカー・プログラムを搭載したIBM 7094と白番で対戦し、16手目に最後の後衛の駒を動かして(g1-f2)黒に王を与えてしまう。対戦後、終盤に関しては、西暦1,954年に最後に負けて以来、人間が相手でも此れ程手強い勝負は無かったという主旨の言葉を残した。
- 井上博 西暦1,977・1,979年のオセロ世界選手権王者。西暦1,980年6月19日、ピーター・フライが開催した人間対機械のオセロ大会に人間側として参加し、6番勝負でプログラム「ザ・ムーア」に1敗を喫しながらも、5勝1敗の戦績で優勝した。
- ジョナサン・サーフ 西暦1,979年のオセロ世界選手権決勝で井上博と対戦した人物。西暦1,980年の人間対機械のオセロ大会に人間側として参加し、Apple IIに搭載された、ダン・スプラックレンと妻キャスリーンのオセロプログラムに敗北した。
- デイヴィッド・レヴィ マイク・リーヴと共に、西暦1,980年にオセロのプログラム「ザ・ムーア」を作成した。同年の人間対機械のオセロ大会で、ザ・ムーアは世界王者井上博から1勝を挙げている。
- ダン・スプラックレン 妻キャスリーン・スプラックレンと共に、西暦1,978年にチェスのプログラム「サルゴン」を作成した。夫妻がApple IIに搭載したオセロプログラムは、西暦1,980年の人間対機械のオセロ大会でジョナサン・サーフを破り、2位に入った。
- ハンス・バーリナー カーネギーメロン大学(アメリカのペンシルベニア州ピッツバーグ)計算機科学科主任研究員。チェスマシンHitechを開発したチームを率い、全体の指揮や、局面評価の中身に当たるチェスの形の知識と、序盤定跡の大部分を担当した。西暦1,988年9月、Hitechは元チェスアメリカチャンピオンのアーノルド・シェルドン・デンカーに3勝1分けを収めた。
- アーノルド・シェルドン・デンカー 西暦1,944・1,946年のチェスアメリカチャンピオン。西暦1,988年9月22日から、カーネギーメロン大学のチェスマシンHitechと1日1局のチェスの対局を行い、初日の夜の第1局を引き分けた後、翌日から3連敗を喫した。
- マレー・キャンベル 西暦1,987年にカーネギーメロン大学で博士号(計算機科学)を取得した、Hitechのチームの一員。序盤定跡作りを行い、特定の局面で1つだけ圧倒的に良い指し手が有る場合に、其の手の探索の深さを1手分延長する技術であるシンギュラー・エクステンションをHitechに組み込んだ。
- オマール・サイード 元NASAのコンピュータ技術者。コンピュータに勝たせない事を意図してテーブルゲーム「アリマア」を作った考案者。西暦2,004年2月2日からの第1回アリマア・チャレンジでは自ら人間代表を務め、プログラムBombと8局指して全勝した。翌年の第2回では、人間代表をフランク・ハイネマンに依頼した。
- デイヴィッド・フォトランド 囲碁ソフト「メニー・フェイセズ・オブ・ゴー」の作者。アリマアのプログラムBombを作り、第1回・第2回アリマア・チャレンジに臨んだ。第2回に向けてはバグ修正と局面評価の調整を施し、相手の象が他所で手一杯の時は駱駝で積極的に攻める工夫を加え、西暦2,005年2月11日の第4局でフランク・ハイネマンから1勝を挙げた。
- フランク・ハイネマン 西暦2,004年の第1回アリマア世界選手権の優勝者。オマール・サイードの依頼を受け、8局の長丁場で重圧が掛かる為渋りながらも、西暦2,005年の第2回アリマア・チャレンジで人間代表を務めた。第1〜3局に勝利した後、第4局でBombに敗北するが、攻め方を修正して第5〜8局に勝利し、第6〜8局では自分の駒を1つも失わずにBombの駒を壊滅させた。
- 米長邦雄 第14代将棋連盟会長。西暦2,010年4月2日に第25代情報処理学会会長白鳥則郎から手渡された挑戦状に、「良い度胸をしていると其の不遜な態度に感服仕った次第」とする筆文字の書簡で返答した。清水市代の敗戦後は、実力差というより清水が長考しすぎた結果で、時間配分のミスが大きかったと述べ、清水との再戦が良いのではないかとした。
- 清水市代 第32期女流王将。西暦2,010年10月11日、東京大学本郷キャンパス工学部2号館で合議アルゴリズム「あから2010」と対局し、持ち時間各3時間・切れたら1手1分のルールの下、19:03に86手で投了した。対局直後は「殆どの手が読み筋でした」と答え、記者会見では、人間の想像を超えた奇抜な手を指してくると思っていたが、実際はより人間に近いと感じたと語った。
- 松原仁 あから2010の開発責任者。清水市代との対局について、あから2010の手で清水が有利になりかけたと見られたが実は悪い手では無く、清水が長考に沈んだ為に終盤で持ち時間を使い切って1分将棋になり、大事な場面でミスが出たと振り返った。
- 樊麾 西暦2,015年にヨーロッパ碁コングレス3連覇を達成した。同年10月5日から5日間、ディープマインド社のAlphaGoと、置き石無し・コミ7目半の中国ルールで5局を戦い、第1局の2目半負けに始まり全敗した。対局後、AlphaGoを「壁の様だ」と評し、負けた後は、AIより自分の実力の方が怖くなったと述べた。
本書が記録する対局
- チェッカー 西暦1,956年2月24日、アーサー・サミュエルがIBM 701上で開発したプログラムとチェッカーの名人の対戦が、CBSの番組で生放送された。西暦1,962年7月12日には、元コネチカット州チャンピオンのロバート・ネーリーが、同じプログラムを搭載したIBM 7094と対戦し、16手目に最後の後衛の駒を動かして黒に王を与え、敗れた。
- オセロ 西暦1,980年6月19日、ノースウェスタン大学教授ピーター・フライが人間対機械のオセロ大会を開催した。世界王者井上博は6番勝負でプログラム「ザ・ムーア」に1敗を喫しつつも5勝1敗で優勝し、ジョナサン・サーフはダン・スプラックレンとキャスリーン・スプラックレンのオセロプログラムに敗れた。2位は此のプログラムであった。
- チェス 西暦1,988年9月22日から、元チェスアメリカチャンピオンのアーノルド・シェルドン・デンカーが、ハンス・バーリナー率いるカーネギーメロン大学のチームのチェスマシンHitechと1日1局の対局を行った。第1局は引き分けたが、デンカーは翌日から3連敗を喫した。
- アリマア コンピュータに勝たせない事を意図して作られたテーブルゲーム。西暦2,004年の第1回アリマア・チャレンジでは考案者オマール・サイードがプログラムBombに8戦全勝したが、西暦2,005年の第2回では、7勝を挙げたフランク・ハイネマンが、2月11日の第4局でBombに敗北した。
- シャンチー 中国象棋。西暦2,006年8月9日、インスパー主催の第1回中国象棋人機大戦で、浪潮天梭20000に載せた第1回中国コンピュータ対局選手権の上位5本のソフトに、一流棋士5名が挑んだ。張強・汪洋が1勝1分け、徐天紅が2分けとした一方、卜鳳波は1敗1分け、柳大華は2敗を喫した。
- 将棋 西暦2,007年12月頃、情報処理学会がプロジェクト「コンピュータ将棋『あから』強化推進委員会」を開始し、西暦2,010年4月2日に将棋連盟へ挑戦状を手渡した。同年10月11日、第32期女流王将清水市代が、4つのソフトの合議で次の一手を決める「あから2010」と対局し、19:03に86手で投了した。
- 囲碁 西暦2,015年10月5日から5日間、ヨーロッパ碁コングレス3連覇の樊麾が、ディープマインド社のAlphaGoと、置き石無し・コミ7目半の中国ルールで5局を戦った。第1局は白番のAlphaGoが272手で2目半勝ち、第2〜5局もAlphaGoが全て中押し勝ちを収めた。
IBM 701からAlphaGoまで──
名人がAIに敗北した7つの盤上遊戯の全軌跡を一元化。
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